10年越しの邂逅 ページ45
「ぁ……ねむ、」
灯りがない部屋は暗く、月明かりだけが差し込む室内。
いつの間にかとっぷりと夜が更けて、昼には空を覆っていたはずの雲が薄化粧程度に流れている。
寝起きで緩慢な身体を起こし、握りこんでいた手紙を封筒に詰めた。転がっていた眼鏡を掛け、寝ぼけ眼で瞬きひとつ。
文机に突っ伏していたせいか、顔の筋肉が潰れている。ぐにぐにと掌で頬を伸ばし、はぁとため息が零れた。
よっこいせ、と中年のように立ち、灯りを点けようと感覚を手探りに壁面を見やると、何処からか聴こえた弦の音。
弾く弦は、昔懐かしいもので何度も耳にした。
べん、べんと間隔が狭くなる三味線に急かされるように襖を開け、居間と隣接する寝室を跨いで障子を引いた。
ゴザを敷いた、かつて家長の娘の部屋だったというそこに、招かれざる客がいた。
窓枠に腰掛け、片足を曲げる形で寄りかかる。その手には、先ほどよりも大きく響く三味線。
羽ばたく蝶を閉じ込めた着物に左目を覆う包帯。妖しげに眩く瞳は月を映し、亡霊のような肌がくっきりと輪郭を帯びる。
攘夷浪士の中で、最も過激で危険な男。
そして、松下村塾出身であり、自身の同門。
高杉晋助、その人だった。
どうして、と疑問符が浮かぶ清水をよそに、胡乱な眼光がこちらを向く。
唇の動きで、ようと言われたのが分かった。
「や、あ」
「てめぇがここにいるこたァ、俺は知らなんだ。会いたかったぜ、清水」
「それは、どうも」
高杉くん、と昔のように名を呼べなかったのは、もう昔では無いから。そんな陳腐な理由ではない。
昔の彼は生きていれど、今目の前で三味線を弄ぶのは知らない高杉晋助だ。
虚ろな光を魅せる彼は、過激派攘夷浪士の高杉晋助であって、松下村塾の同門ではない。
「お茶でも、飲む?」
「酒は」
「残念ながら。呑むなら持参してね」
「持ち家でも気は抜かねぇってか。テメェらしい」
「不正解。持ち家じゃあないよ、間借りしてるだけ」
「ならなんだ、持ち主が帰って来たら宿無しか?」
「まぁ、だね」
ゴザに腰掛け、胡座をかいて首をもたげると人型のシルエットがゆらりと三味線を下ろす。
膝をつき、こちらに伸ばす指を抵抗せずに受け入れた。ざらつく掌が頬を覆う。
「来るか、清水」
「地獄旅に付き合えって?」
「テメェと堕ちるのも悪くねぇ」
「そう」
低く鼓膜を響かせる声音が、近い。正気を喪った眼がレンズ越しにかち合う。
ふ、と吐息が鼻先にかかった。
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たまごどーふ(プロフ) - 銀魂の男主小説、最近数少なくなってるので読めるのがとても嬉しいです…更新頑張ってください! (2021年2月19日 23時) (レス) id: 45f2a26062 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:pillow | 作者ホームページ:
作成日時:2021年1月28日 21時