（３５） ページ35
.
そんな蟠りを抱き始めることしばらく、最近トントンくんは会社の方の仕事が忙しい時期に入ったらしい。連日の残業と日中の目が回るようなスケジュールに相当参っているようで、家に帰ってきて私と顔を合わせていても、その顔は疲れを隠しきれていなかった。
そして今日も、ガチャっと玄関の鍵が空く音がしたのは午後10時を優に過ぎた頃だった。
「おかえり……大丈夫？」
「ん、…………風呂行ってくるわ」
私の声に短く答えた彼は私と目を合わせることもなく、鬱陶しそうにジャケットをソファーに放り、お風呂場へと姿を消した。
……″ただいま″くらい言ってくれてもいいのに。
そんなことを思いながらも、脱ぎ捨てられたジャケットをハンガーにかける。
忙しいのは分かる。疲れてるのも分かる。
でも、そうあからさまに『話しかけんでくれ』オーラを出されれば私だって勘づくし、余計なことを言わないようにと話したいことがあってもつい口を噤んでしまうのだ。
それがいけなかったのだろうか、ふと気づけば近頃会話らしい会話もしていない。
そもそもそんなオーラ丸出しの彼においそれと話しかけるほど神経が図太くない私は当然ながら彼から話しかけてくれるのを待っていたし、そんな彼は彼で疲れていて尚私に話しかける気力は持ち合わせていないらしい。
悪循環だった。最初の頃は私もちょくちょくお小言のひとつやふたつは漏らしていたけれど、こんな状況でそんなことを言えるはずもなく。
「………、はぁ…」
洗濯機を回そうと、覗いた中。
裏返った肌着をすっかり馴れた手つきで元に戻し、ネットにも入れずに投げ込まれたカッターシャツをはたいて皺を伸ばした。
もう、どうしたらいいのか分からない。
私にできることは全てやってるつもりだった。トントンくんの迷惑にならないように務めているつもりだった。
手の中のカッターシャツを握りしめ、唇を噛む。
そっとそれを鼻先へ持っていけば、ふわりと香るトントンくんの香り。
それすらも懐かしくなってしまうほどに、同じ家に住んでいるはずの私は彼に近づけなくなってしまっていた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 2139人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
yuriori12911(プロフ) - 感情移入しすぎて号泣しました。めっちゃ良かったですありがとうございます！ (2021年7月19日 17時) (
レス) id: 83dc3f3be9 (このIDを非表示/違反報告)
Ono - ヤバいtnさんと主人公ちゃんの様子がすごすぎる良いな僕も結婚したいなあ 少し遅いけど完結おめでとうございます 何年も誰も感づかないって逆にすごいな 面白かったです (2021年7月1日 21時) (レス) id: 349a20a4df (このIDを非表示/違反報告)
亞代(プロフ) - 初めまして。完結までお疲れ様でした！ リア設定での会話運び、ネタの進み、言葉選びまでどれも好きで好きでたまりませんでした。素敵な小説に出会えて本当に嬉しかったです。丁寧な文章に一読惚れ？してしまいました。過去作品を拝見しこれからも楽しませて頂きます！ (2021年5月31日 23時) (レス) id: ffc410049a (このIDを非表示/違反報告)
TAMA(プロフ) - 完結ありがとうございました。お疲れ様です。いつもはtnさんに振り回される主人公だったのが、今作は逆も見れてそれも凄く良かったです。二人とも可愛くて…！！ (2021年5月31日 16時) (レス) id: a53139177d (このIDを非表示/違反報告)
碧翔 - 更新停止になった時に、「完結しないのかな」とか思っちゃいました。でも、ランキング見て「あれ、更新ある！？」とか思って帰ってきました。完結おめでとうございます！新作待ってますね。 (2021年5月30日 22時) (レス) id: 0e1788e627 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：ゆらら
| 作成日時：2021年2月16日 20時
