3.入室 ページ5
背後の音に気付いたAは反射的に振り返った。心臓が今までにないくらいにドクンドクンと脈打ち、Aの背中には冷やりとした汗が背骨を通っていく。振り返った状態のまま動けなくなってしまったAは、目線だけドアの前へ移した。
目に写ったのは、内側からドアを開けた状態で、部屋の中の誰かと会話をしている財団員だった。どうやらAのことはまだ視界に入っていないようで、Aはほっと胸を撫で下ろした。
今なら、偶然に総帥に用事があるように見せることができるとずる賢い考えを浮かべ、姿勢を正してから再度総帥の部屋を目指し歩き始める。
ドアを開けていた財団員が漸くAに気付き、少し疲れたような笑顔を見せながら、挨拶をしてきた。
「あぁ、こんにちは。もしかして総帥に謁見かい?」
「こんにちは。書斎を出たら誰もいなかったから、パパの様子を見に来たの。」
誰もいなかったのも、総帥の様子を見に来たのも本当だ。自分は嘘をついていないのだから、堂々としなければならないと思い、Aは少し胸を張った。どうやら財団員には、異常事態に気付いた自分自身を誇らしげに思っているように写ったらしく、そうかそうかとAの頭をひとしきり撫でた後、名残惜しそうに去って行った。
最初の財団員と分かれた直後に、部屋の中にいた他の財団員達がぞろぞろと出てきた。ドアの隙間から覗いていた際には数名ほどしか見えていなかったが、それよりももっと多くの財団員がいたようだ。
すれ違いざまに全員と軽く挨拶を交わし、口が疲れているような感覚を覚えた頃には、最後の財団員だったらしく重厚なドアが完全に閉められた。
Aは財団員達を見送った後、ドアノブに手をかけた。ドアは外開きになっているので、大人でも開けることが大変そうなドアをAが開けるには、綱引きで踏ん張っている時のような姿勢をとらなければならない。Aは力一杯に引っ張り、漸く入れるほどの隙間が空いた時、急いで部屋の中へ入った。
真っ先に目に飛び込んできたのは、分厚い書類を手に持ち、椅子に深く座っている総帥だった。顔は大分やつれ、眉間には彫刻のように皺が刻み込まれている。
「パパ、どうしたの」
「A…駄目じゃないか、ノックもせずに入ってきては…」
Aは総帥が困ったように眉尻を下げる表情を見て、しまったと思った。自身のお行儀の悪さに反省しつつ、総帥へ向き直った。
「…何があったの…?」
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作者名:みかんどっとこむ | 作成日時:2021年7月27日 0時