移動する ページ26
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袖にはけた後はすぐにまたNGKに戻らないといけない。
「準備できたらもう出ますよ」とマネージャーに言われるけど、カバンを前にして俺は手が止まる。
Aちゃん、居たよな。
全く変わってへんかった。
一言くらい話したいけど、移動せなあかん。
でも一言だけじゃきっと足りない。
「リリー、いくで」
と、怪訝な目で見るモリシ。
「すまん、俺ウンコしてからタクるわ、先行って」
「ウンコて…もー早よせえよ、松川くんには言っとくわ」
「頼んだ」
パタンと楽屋の扉が閉まって
急いで舞台裏に戻る。
まだライブ中やし、客席にいたらどちらにしろ会えない。「リリーさんなにしてんすか」と、出番を控えた後輩のツッコミに、ほんまに何してんやろと思った。
しばらくウロウロとして後輩の出番も終わった頃。
「うわ、リリーさんまだ居たんですか!
あ、Aさん!お疲れ様です」
俺越しに後輩がそう言えば、俺の後ろから「お疲れ」と控えめな声が聞こえた。
「…リリーくんも、お疲れ様」
振り返るとAちゃんが立っていた。
本物や、Aちゃん。
何年も経ってるのにそんな事も感じない。
あの時に戻ったように俺の前に立つAちゃんに涙さえ出そうになる。
「A、ちゃん」
「売れっ子やから即出かと思ったけど、まだ居てよかった」
「いや、もう、出なきゃあかんけど…」
行かなきゃいけないけど、足が動かない。
会えなかった間の話をしたくてしょうがない。
Aちゃんの話だって沢山聞きたい。
「じゃあ一緒に行く?NGKとか?この後」
歯切れの悪い俺にAちゃんはそう言うと外に向かって歩き出す。
俺もその背中について行った。
「…久しぶりやな、Aちゃん」
「そう?私が一方的にテレビでリリーくん観てるからかな。あんまり久しぶりって感じしないね」
楽屋を抜けて関係者出口まで、Aちゃんは振り返らずに言葉を返す。
俺とは裏腹にあっさりとした返事で肩透かし食らわされる。
まあ、話さなくなったきっかけも
全部ガキだった俺がしてしまった事で。
当たり前だよなあと小さな背中を見て思った。
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作者名:ぴぴ | 作成日時:2023年3月13日 14時