正当化 ページ31
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公平は人を殺したことがある。
それは不可抗力であって、やらなければやられる場面であったのだから、仕方のないことだ。けれど、これまで平凡な子どもとして生きてきた彼にとっては、「人を殺した」という事実は重すぎた。
近界民でも、自分と同じような人の形をしていたと公平は言った。意志を持ち、仲間がいて、守るべき家族がいる。住む世界が違うだけで、「こちら側」と同様に生活していたのだと。
遠征から帰ってきて、自分のしたことにひどく罪悪感を覚えた公平はしばらく食事もまともに入らなくて、入ったとしてもすぐに戻したらしい。夜も眠れず、空白の時間が生まれるたびに自分が手にかけた時の相手の顔を、生ぬるい血の感覚を思い出した。
そんな彼を訪れた太刀川さんに言われたそうだ。
「“お前は戦闘員だ。兵隊だ。お前は上からの命令に従う。それはお前の意志じゃない。お前が殺したくて殺したんじゃない”」
「‥‥‥」
「詭弁だって思うだろ？ 結局従うことを選んだのはおれだ。おれが殺そうと思って殺したんじゃなくても、実際手にかけたのは他でもない自分だ。
‥‥でも、あの時のおれは、そうやって誰かのせいにして自分のやったことを正当化しないと正気を保ってられなかった」
あの頃を思い出すように、公平はふっと遠くへ視線をやった。
詭弁だとしても、太刀川さんのその言葉が彼にとって救いとなったのは確かだ。
公平は場数を踏む度に、彼なりの気持ちの区切り方を、割り切り方を少しずつ覚えていった。心が痛まないことはないが、それが日常生活を侵食することはなくなったらしい。
「‥‥どう？ 参考になった？」
「‥‥そうだね。自分のやったことを‥‥ってところは、特に」
「ほ〜ん。なら良かった。せいぜい役立てろよ」
「当然」
本来なら話す必要のないことを話してもらったのだ。絶対に無駄にはしない。
ありがとうございます、と頭を下げると、ひらひら手を振った。「今度なんか奢れよ」
「高いものじゃなければ」
「えー、じゃあ駅前のコロッケ10個」
「アホの数じゃん‥‥」
「いいだろ。Aも一緒に食べよ」
「‥‥うん」
公平は「トイレ行ってくる」と立ち上がる。部屋を出る直前、私の脇を通り過ぎながらぐしゃぐしゃと髪を撫でていった。気にするな、ということだろう。
堂々と聞いたものの罪悪感が完全に消えたわけではない。それを当然のように見抜かれていて、少しだけ情けなかった。
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作者名：夏向 | 作成日時：2020年9月17日 21時
