目覚め【弍】 ページ9
ベキン…と折った指を齧る。苦労して生きてきたのか、指は細くとも皮膚は荒れていた。己の生に納得がいかない者を、今喰っている。望みを失い快楽を求めた故に死ぬ、救いようのない結末、ならば…僅かでも私の役に立たせてやろうと思った。童磨に寄った思考になっているのは認めるが、私は線を守っている。
貴「…もういい。喰いすぎた」
喰い掛けの遺体を戻し、汚れた口周りを拭う。致死量にも満たない血、指一本、腹が足を一口、これだけでいい。私の体は僅か血肉でも成長し、充分な活動が行える稀有な体質だった。自分への嫌気からか、あるはずもない罪悪感からか、鬼としての記憶がある時からこうだ。
童「相変わらず喰わないねぇ。それなのにその強さは、人間だった頃の影響なのかな?」
こうして時折、童磨は答えを匂わせてくる。頭の中や胸の奥からもやけている感覚が不快で、私は人間であった頃の記憶を求めている。鬼として目覚めた時、視界に入って来たのはあの方と上弦の鬼達。尋ねたところで真実など返ってくるはずもなく、「お前は鬼だった」「何故それを知りたがる」などと言われるだけ。童磨の匂わせが癇に障るのもそのせいではあるが、きっかけとなるのなら他よりマシだと思うようにした。他の鬼は見るからに、私の記憶が覚醒することに不都合を感じているようだから。
貴「……狩場に戻る」
童「またねぇ。俺はいつでもここにいるからさ」
喰い掛けを含め、童磨は慣れた手つきで喰い始めていた。そのまま頬張るか、皮膚から体内へ吸収して衣類すら残らないよう喰うか、喰い方だけはどうしても気に食わない。とは言え、気に食わない理由も分からない。個人がどうやって喰おうと関係なく、干渉する必要もない。私は私なりに力を蓄えていればそれでいい。飼っている人間も複数人いるのだ。むしろ、こちらの方が異端な目で見られている。
貴「暫くは、狩場に留まろう」
童磨の根城から外を見ると、街の明かりが見えないほどの夜更だった。昼間なら面倒だと思っていたが、丁度いい頃に目が覚めた。
カタッと、大人の体では通れなさそうな小さな窓を開ける。そこから、夜の闇に身を隠すように黒霧("コクム")となり抜け出した。この根城には、いまだ多くの信徒達が留まっている。同じ信徒が、自分が眠っている間に殺されているなど夢にも思わないだろう。哀れ、愚か、そのような言葉を脳裏に浮かべながらその場を後にした。やはりここは居心地が悪い。
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ