微 炭 酸 【 山田三郎 】 ページ1
プチ、プチ、
小さな音を立てながら丸い空気の泡が下から上へとスライドしていく。
まるで生きているようで、指でそれらをなぞるのは退屈ではなかった。
容器越しに見える彼女の顔は面白く歪んでいる。思わず笑うと、彼女はわざとらしく「その目は何?」と怒るフリをした。
濡れた爪を彼女の頬に押し付けると、「冷たい」と小さな悲鳴をあげた。それも面白くて可愛らしい。
「 A先生、オバサンになったね 」
ポツ、と雨がそっと窓を叩いた。
「 こう見えてまだハタチにもなってないよ 」
「 嘘つき 」
「 バレたか 」
僕が彼女の事を先生と呼んでいるのには訳がある。
一つ上の兄、山田二郎のために数年前まで家まで来ていた家庭教師なのだ。
当時まだ小学生だった僕は年上の女性に興味津々だった。
兄達の話によると、僕は彼女に懐いていたらしい。
「 三郎くんも、イケメンになったね 」
「 まあね 」
「 そこは否定しないと 」
ふふっと微笑む先生は昔の先生と変わらなくて。
強いていえば、少し大人の色気が増したくらい。
「 それ、飲まないの? 」
「 炭酸が抜けてる 」
「 微炭酸もいいじゃない 」
彼女は僕の目の前に置いてあるコップを取り、口に流し込む。
「かなり抜けてるね」と笑う彼女の手からそれを奪い取り、僕は無理やり液体を自分の口に流し込んだ。
シュワ、と微かに口内を刺激する泡を僕はゴクリと胃まで押し込んだ。
案の定、美味しくはなかった。
「 先生、彼氏できた? 」
不快な炭酸を誤魔化すかのように僕は話題を変えた。
先生は少し拗ねた表情で「相変わらずだよ」と口を尖らせた。
かと思えば、天井を見上げながら「私、売れ残りそうだなあ」と呑気に呟く。
僕は、そんな彼女の言葉に「残らせないから」と小さく呟いた。
それは彼女にも聞こえたらしく窓を叩く雨の音が、耳に嫌というほど入ってくる。
ねっとりとした湿気が肌にまとわりついて気持ちが悪い。
「 三郎くん、からかわないでよお 」
先生の呑気な声に僕は少し苛立ちを覚えた。
なんで、分かってくれないんだ。
「 からかってないよ 」
先生の頬にそっと触れる。
「 俺だってもう子供じゃないから 」
ガタ、
音を立てて倒れたコップの中身は、もう炭酸が抜けた微炭酸の液体だった。
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次回予告 『 僕は君を愛せない 』 Main 伊弉冉一二三
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ゆゆ - すごく丁寧な文章で読みやすかったです。これからも頑張ってくださいね! (2019年3月7日 22時) (レス) id: 9c563060f2 (このIDを非表示/違反報告)
虹 恋(プロフ) - のんたんさん» ご指摘ありがとうございます。個人的な意向で地の文の一人称は「僕」に統一しています。しかし、左馬刻や理鶯などはしっくりこなかったのでそのままになっております。 (2019年1月14日 17時) (レス) id: caee934ee2 (このIDを非表示/違反報告)
虹 恋(プロフ) - まぼさん» 了解致しました。体調が悪いのと色々とバタバタしていますので、遅れてしまいます。ごめんなさい。 (2019年1月14日 17時) (レス) id: caee934ee2 (このIDを非表示/違反報告)
まぼ - 付き合ってる設定で、風邪を引いた夢主を看病する左馬刻様が見たいです。リクエストです。お願いします。 (2019年1月7日 15時) (レス) id: 65a9d51e4d (このIDを非表示/違反報告)
のんたん - 銃兎さんと独歩の一人称、違いますよ?銃兎さんは、私or俺で、独歩は、俺です。 (2019年1月7日 15時) (レス) id: 65a9d51e4d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:虹 恋 | 作成日時:2018年9月30日 13時