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「失礼しまーす」
こんこん、とノックを鳴らしてウルド様の執務室に入ると、その部屋の主はどこかぼんやりとした眼差しで虚空を見ていたのだが、俺に気付くと視線を合わせてきた。
…ははーん?こーれは何かあったなぁ?
「何の用だ」
「書類をお届けに参りました。…で?何かありましたか?」
「…」
僅かに瞳が揺らぐ。
何にも心を動かしてこなかった彼が、こうも分かりやすく動じるとは。
数千年生きてきて、何かが変わってきている予感がした。
く、と口角を上げる。
「…何故アレを側に置いていたのか考えていた」
「ほう」
「最初は怪しいから手元に置いていた。なのに、いつの間にかそうではなくなっていた」
淡々と彼は言う。
「私に心を開こうとしないAが、酷く不快だった」
「まぁ、アイツのガードは鉄壁ですもんねぇ」
俺はまぁまぁ仲良い…と思っているが、恐らくアイツはどうせ監視してんだろって思ってるんだろうなぁ。あながち間違いではないが、気に入って絡んでいるのも事実だ。愛でる感情なんて無くしたはずなのだが、まぁ…なんとなく妹的に感じている。なんやかんやで可愛がっているつもりだ。
ただAは自分に対して自信があるようで、自分のことを恐ろしい程卑下している。何故かは知らない。それを教えてくれるほど彼女は俺のことを信用していないから。
「家族に対しての執着心はあるのに、自分に対しての執着心はない」
「あー。兄がいるんですっけ」
だが、兄妹仲はそこまで良くなかったと聞いたことがある。
なのに、兄のことを気にかけるのは何故だろうか。
「彼女は、どこか危うい」
へぇ。
と少し驚きながらウルド様を見つめる。
「まるで、この世から消えたいと思っているようだ」
「…」
よく彼女は遠くに焦がれるような眼差しをする。最初は日本にいる兄が恋しいのかと思っていたが、どうやらそうではないようだった。
そこではない何処かを望んでいるような…それでいて、それを諦めたような表情をするのだ。
まだ二十歳にも満たない人間がするには少し違和感のある顔だ。ある程度出自も関係するのかもしれないが、それでも他の何かを感じる。
「…で、ウルド様はそれが気に食わないと」
「…」
彼は無言を返す。
まさかウルド様が何かに対して執着心を見せるとは。それも、人間の女に。
と考えて自分も他人のことは言えないなと考え直す。
まったく…俺ら上位始祖の思考を絡め取るアイツは間違いなく大物だよなぁ。
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作者名:レイ | 作成日時:2021年5月2日 22時