見えない事実3 ページ28
「私も、蘭ちゃんとか和葉ちゃんみたいに、強くなったらどこでもやっていけるのかなー。今日ファミレスで、犯人を蹴り飛ばしたらしいよ？」
入浴も済ませ、すっかり寝る準備を整えた私は、風呂から上がってきた零に聞いてみた。
「それはまた、頼もしい」と笑う。
零は座っているよりも歩き回っていることの方が多い。
そのくらいじゃないと短時間のうちにあれこれこなすなんて無理なのかもしれない。
「でも、Aの場合はほら、運動不足を解消するところから始めないといけないから先は長そうだな」
「だから、またジムに通ってみるとか」
「すぐ飽きるのに？」
そうね、この数年間のうちに2回入会して一か月も続かずにやめちゃったって記憶しかないけど。
「まったく何もしないよりはいいでしょう？」
「そうだな、とりあえず明日の朝一緒に走るところから頑張ろうか」
こちらを向いてにっこり笑う零に甘えるように手を伸ばせばその手を掴み軽々と私を抱き上げる。
「ん……。そろそろ梅雨も終わりかなー。明日の朝、私のこと起こしてね」
「もちろんだ。明日はポアロ休むことにしたから、一日中一緒にいよう。久しぶりにテニスでもする？ 多分コートならおさえられる」
「零、急にどうしたの？ 何かあった？」
確かこの週末は二日ともポアロって言ってなかったっけ？
心配する私に、零は爽やかな笑顔を見せる。
「いや、来週平日にシフトに入ることにしただけ。丁度都合が合う人がいて変わってもらった――だって、君から目を逸らすとすぐに誰かに取られてしまう」
「そんなことないよ。零、最近、ほんっと過保護すぎない？」
ベッドに私を置くと、至近距離でとても大切そうに私の顔を覗き込み――
「当たり前だろう」と頭を撫で唇を重ねて切なさと甘さを閉じ込めたような、見ているこっちの胸がきゅんと痛くなる笑みを浮かべる。
零に残るバーボンの香りが鼻に抜けてそれだけでくらりと酔いそうだ。考える前に体を起こしてベッドの上でぎゅうと零にしがみつく。
「本当はずっとここに閉じ込めておきたいくらいだ」
「横暴」
「まあね、怖いんだ、とても」
珍しく素直にそんな弱気なことを言うから、もしかしたら零は飲みすぎたのかもしれない。
「明日の朝までなら、閉じ込めてもいいよ？」
「酔った？」心配しているのは私の方なのに、零が問う。
「だとしたら零のせい」私は笑顔で彼をベッドの上に閉じ込める。
せめて朝まで、その怖さを忘れて欲しくて。
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作者名：まつり
| 作成日時：2022年11月8日 10時
