小泉花陽独白 ページ6
放課後、教室に一人残っていたわたしは、意外な人に名前を呼ばれました。彼女の少し低くて掠れた声は、わたしにはすぐに分かってしまうんです。わたしは、教室に入ってくる彼女を見上げました。どうして貴女が……。
「遅いから皆心配してるよ。早く練習に行こう」
Aちゃんは、とても優しい人です。練習に行かないわたしに対して、こんなに優しい言葉をかけてくれます。しかし、わたしは首を縦には振りません。そんなわたしを見て、Aちゃんはわたしの頭をポンポンと撫でて言いました。
「何かあったの？僕で良かったら聞くよ」
もう、泣きそうです。どうしてそんなに優しいんだろう。わたしは、箍が外れるように、今日あったことをぶちまけました。授業中に皆の前で失敗してしまったこと。みんなに笑われて、唯一気を遣ってくれた凛ちゃんを突き放してしまったこと。そして、それを後悔していること……。
Aちゃんは、黙ってそれを聞いてくれました。こんな悪い子、嫌われないかな。嫌われちゃうよね……。でも、言葉は、涙は止まりませんでした。遂に、涙にむせてしまったわたしの背中を、Aちゃんはさすってくれました。
「ご、ごめんなさいっ…！」
「いいよ」って、Aちゃんは笑ってくれます。わたしが話しだしてから、Aちゃんは何もアドバイスしてくれませんでした。励ましもしてくれませんでした。でも、きっとそれは、わたしの中で答えが出ていることを、見抜いていたんでしょう。「買いかぶりすぎだよ」って、言われてしまいそうですが、惚れた弱味です。彼女が何をしても、大抵はいいことに見えてしまうんです。仕方がありませんね。
わたしは思い切って立ち上がりました。突然の行動に、Aちゃんも、少し目を見開いたあと、少しだけ口角を上げて、立ち上がります。
「僕が手を貸してあげるよ。文字通りの意味でね」
差し出したその手を、わたしは握りました。大丈夫、花陽は強い子です。それに、何よりも「大丈夫」と言ってくれたAちゃんを、そして、わたしを守ってくれた凛ちゃんを、信じたいんです。ちょっとだけ気の弱いわたしですが、誰よりも勇気への振り幅は大きいはず。わたしは彼女とそっと手を繋いで、廊下を歩くのでした。
「買いかぶりなんかじゃないねよね」
そう呟いたわたしに、Aちゃんは不思議そうに首を傾げます。いつか、あなたへ想いを告げる勇気が、振り切れてしまうほど湧きますように。
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作者名：うれい | 作成日時：2016年8月29日 13時
