和はみだされた４ ページ4
ズボンだけを穿き、肩からバスタオルをかけている姿は目に毒だ。決して筋肉質なわけではないけれど、引き締まった上半身からはボディーソープの香りがする。自分と同じ匂いであることに今更くらりとした。
成亮は、さっき私が拭いたばかりのグラスを棚から取り出し、無造作に水を注いだ。勢いよく入れるものだから水がグラスの縁を超えて、せっかく拭いたシンクにこぼれてしまった。
「上、着ないの」
「あら見ないでよ」
「見たくなくても目に入る」
へんたい、とふざけたことを笑いながら言うもんだから、私もつられて口角が上がってしまう。
水を飲み干し、唇についた水分を親指で拭うのが扇情的だった。温まったからか血色のいい唇が食欲をそそる。さっき成亮のおいしい手料理を食べたばかりだというのに、全く私は。
彼の手からグラスを奪い、彼と同じように水を雑に注ぎ、わざと音を鳴らすように喉に通した。こちらをじっと見ていた黒い双眸は笑っていなかった。
「もうやることないの」
「歯磨きする」
「俺も」
私を追い抜いてキッチンを出ていく。私はグラスを水ですすいでから後を追う。洗面所に顔を出すと、無言で差し出された黄色の歯ブラシには私がいつも使う1.5倍ぐらいの歯磨き粉が乗っていた。減りが早いのはこの人のせいか。
「からい」
「子供かよ」
「つけすぎなんだよ」
自由に話せないからもごもごしながら会話を成立させる。何かいるのかと思うぐらい一点を見つめている彼の目線を追うと、小さい蜘蛛が伝って壁を伝っていた。
「ゴンゾーだ」
「なんて？」
「蜘蛛、なぜか小さい時そうやって呼んでた」
「へえ」
ゴンゾー、と口に歯ブラシを咥えたまま言うと明瞭には聞こえない。果たしてシゲアキの耳にはちゃんと発音が届いているのだろうか。
きっかり5分で口をゆすぎ、鏡に写った自分と目を合わせる。なんでこの顔を選んだのだ、この男。おいしいご飯も満足に作れず、掃除と洗濯しか能がないのに。
「早くどいて」
「成亮は私の顔好き？」
「新手のやつ？」
「気になったの」
「意外と好きかな」
「へえ」
へえ、という気の抜けた2文字にはどうやら色んなものを含むことができるらしい。魔法の言葉だ。ちなみに今の私の2文字には照れと照れと照れと……あとなんだろう。
「寝るぞ」
「寝るの？」
「やる気なの」
だって今日デザート食べてないよね？
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作者名：あやめ | 作成日時：2021年6月11日 18時
