赤いランプ ページ6
さくら総合病院まで行ってください、とタクシーの運転手に言ったのが、恐ろしく昔のことのように感じる。着いた病院は大きくて、ことの重大さを身にしみて感じた。
医療関係スタッフたちがいそいそと駆け回る病院内を、案内された手術室に向かう。
時々すれ違う、ストレッチャーに乗せられた患者が恵菜さんなのではないかという漠然とした恐怖に駆られながら、ふらふらとおぼつかない足取りを必死で統制しつつ、なんとか手術室の前にたどり着いた。
こういう時ってご両親が来るものなのだろうけど、まだ来ていなかった。『手術中』という赤いランプのついた手術室の前のベンチで、ふたりで座る。革張りとは言え、冬の椅子はとても冷たく、それがまた現実味を帯びていて変な感じがした。
自分の不安を押しつぶすように握られた彼の手は、わかりやすく震えていた。私の視線にもまるで気付かないように、俯いてぎゅっと目をつぶっている。
恵菜さんにはできないことをしたいと豪語しておきながら、どうすることもできない自分が、これまでにないほど憎らしく感じた。
***
「恵菜、前もこういうことをしたことがあって」
彼がおもむろにそう語り出したのは、ベンチに座ってから数十分が経過した頃だった。
マリオネット人形みたいに生気のない顔で、それを言うのがまるで義務だと思ってるみたいに、誰かの力に従っているようにぽつりと言った。
「その時は、恵菜のおじさんの会社がうまくいってない時で、……恵菜が小六の頃だった」
硬くて震えもしない、温度のない声。それでもやっと発せられた声を途切れさせたくなくて、うん、と相槌を打つ。
「おじさんとおばさんは、毎日のように喧嘩してた。恵菜はたまにうちに来て、……いや、俺の母親にほとんど無理やり連れて来させられてて、ご飯とか食べたり、宿題したりしてて。恵菜もわかってたんだと思う。おじさんたちの仲がどんどん険悪になってるのとか、会社がうまくいってないのとか。……たまに、自分のこと引き合いに出されてることとか」
私の脳内に、貧弱なイメージが浮かぶ。
罵詈雑言を吐く両親。指をさして自分のことを言われる恐怖。自分と一緒に怯えて縮こまる幼なじみ。自分はどうすればいい? どうしたら、この状況から逃れられる……?
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ネコ日和。 - んんん…続きが気になる。更新がんばってください(๑•̀ㅂ•́)و✧ (2022年8月28日 14時) (レス) @page25 id: 18b130b5d8 (このIDを非表示/違反報告)
紬(プロフ) - 姫鞠さん» まさか一気読みしてくださる方が現れるとは…! ありがとうございます! 更新頑張ります!! (2020年8月20日 8時) (レス) id: d3d4d4d9f7 (このIDを非表示/違反報告)
姫鞠(プロフ) - お話がすごくタイプというか、とても好きです……そしてひとつひとつの描写が丁寧で素敵です。相乗効果でつい一気読みしてしまいました。続きがとても楽しみです……!!応援しています……!!! (2020年8月19日 20時) (レス) id: 4acd05b78d (このIDを非表示/違反報告)
紬(プロフ) - みかささん» うわあありがとうございます! 優しい読者さんに恵まれて作者は幸せです… 色々ポンコツな私ですが最後まで見ていただけると嬉しいです! (2020年8月19日 7時) (レス) id: c54b6c4345 (このIDを非表示/違反報告)
みかさ(プロフ) - 全然大丈夫です!作者さんも頑張ってください (2020年8月18日 20時) (レス) id: d74848b20e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:紬 | 作成日時:2020年8月12日 9時