電話 ページ5
チャラランと陽気な音楽が流れ出して、ふたりで顔を見合わせた。彼が顔を上げて、音源を探すように視線を彷徨わせる。
「ごめん、電話かも」
コーヒーカップを置いて、テーブルに置いてあったスマートフォンを手に取る。そして玄関とリビングを隔てているドアを開けて、玄関の方へ行ったあと、ドアを閉めた。
ぱたんと音がして、途端に私の中の緊張がほぐれた。ソファの上で足を伸ばして、うーんと伸びをする。
私がそんな呑気なことをしている中、彼が衝撃的なことを告げられているとも知らずに。
やがてばたばたとリビングに戻ってきた彼は、顔面蒼白といった様子だった。その表情を見て私が容態を心配する前に、彼が虚ろな目をしたまま言った。
「恵菜が病院に運ばれた」
突然の知らせ。え、と声にならない声が漏れた。
彼は呆然を通り越して無表情になった顔で、淡々と事実だけを述べる。なんでこんなことを言っているのかわからない、というような表情だった。
どきどきと痛いくらいに心臓が鳴る。嫌な予感がじわじわと頭を蝕んでいく。手先が震えて、自分のものではないように感じた。気持ち悪い冷や汗が出てくる。
それに追い討ちをかけるように彼が告げたのは、私を十分、絶望に陥れるものだった。
「風呂場で、手首切って、」
ひゅっと喉から聞いたことのない音がした。同時に、数週間前に見た光景がありありと蘇る。
ふわりと揺れたワンピース。去っていく恵菜さんの微笑み。脳裏に浮かんだその笑顔は、風に煽られるようにさらさらと崩れて、テレビの砂嵐みたいに乱れていった。
……悪夢だ。
そう思った。
彼はスマホをしまい、落ち着いた足取りで自分の持ち物を用意しはじめた。しかしその顔色は悪く、焦点は虫を追うように定まらない。
「今から病院行くから」
お前も来るか、と視線で訊かれて、頷いた。彼が私の荷物と、貴重品を入れたカバンだけを持って外に出た。
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ネコ日和。 - んんん…続きが気になる。更新がんばってください(๑•̀ㅂ•́)و✧ (2022年8月28日 14時) (レス) @page25 id: 18b130b5d8 (このIDを非表示/違反報告)
紬(プロフ) - 姫鞠さん» まさか一気読みしてくださる方が現れるとは…! ありがとうございます! 更新頑張ります!! (2020年8月20日 8時) (レス) id: d3d4d4d9f7 (このIDを非表示/違反報告)
姫鞠(プロフ) - お話がすごくタイプというか、とても好きです……そしてひとつひとつの描写が丁寧で素敵です。相乗効果でつい一気読みしてしまいました。続きがとても楽しみです……!!応援しています……!!! (2020年8月19日 20時) (レス) id: 4acd05b78d (このIDを非表示/違反報告)
紬(プロフ) - みかささん» うわあありがとうございます! 優しい読者さんに恵まれて作者は幸せです… 色々ポンコツな私ですが最後まで見ていただけると嬉しいです! (2020年8月19日 7時) (レス) id: c54b6c4345 (このIDを非表示/違反報告)
みかさ(プロフ) - 全然大丈夫です!作者さんも頑張ってください (2020年8月18日 20時) (レス) id: d74848b20e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:紬 | 作成日時:2020年8月12日 9時