震え ページ18
横からハグをするような、簡素な抱きしめ方。それなのに力はこもっていて、肩に回った手は熱を持っていた。
わけがわからない。なんで抱きしめられているのか、これは現実なのか、そもそもどうして先輩がここにいるのか。
そう思って、そういえば先輩が先日、彼や恵菜さんと腐れ縁であることを明かしたことを思い出した。彼に呼ばれて来たのだろう、とひとつの疑問は解消されたが、しかし、その時の様子を思い返してみても、先輩が私を抱きしめるような理由は思い至らない。
「青柳せんぱ」
「ちょっと黙って」
そう言われて、口を噤む。押し黙っていると、ふいに先輩の指が私の目尻を拭った。突然の滑らかな感触に思わずびくりとする。
「ひっ、」
「……さとみくん?」
低い声。ただの怖い声じゃなくて、なんだか泣きそうな声。後悔と自責と嫉妬をない混ぜにしたような、よくわからない響きを伴っていた。
「彼のせいでは、ないです」
「ほんと?」
「……」
私が黙ると、先輩は静かにため息を漏らした。
「僕のせい?」
「え」
「Aが苦しんでるのは、僕のせい? 僕が浮気しなければ、Aはさとみくんになんか走らなかった? キスフレなんか作んなかった?」
ぎゅっと、抱きしめる力が強くなった。
「最近ね、毎日そう考えてる。自分のせいだってわかってるのに、Aに戻ってきてほしいって願ってる」
自分勝手だよね、と自嘲的に呟く彼に、私はなにも返せなかった。彼の熱と、息遣いと、声を感じるので精一杯で、なにも考えられなかった。
ねえ、と掠れた声で、先輩が私に呼びかける。
「さとみくんのこと、まだ好き?」
強く願うようなその問いに、一瞬呼吸が止まる。
「僕には、ほんとうに1%も可能性ない?」
とくとくと速く鼓動を打つ心臓を自覚しながら、視界の端に見える先輩の白い指を見つめた。小さく震えるその指は、思わず守りたくなるように弱々しくて。彼の塩らしい様子に調子が狂う。いつもは自己保身にばかり走る彼に、こんな悲しそうな顔をされたら、無下に断れない。
「私は、」
「……A、ちゃん?」
答えようとした瞬間、その言葉を阻んだのは、失望の色に染まった莉犬さんの瞳だった。
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ネコ日和。 - んんん…続きが気になる。更新がんばってください(๑•̀ㅂ•́)و✧ (2022年8月28日 14時) (レス) @page25 id: 18b130b5d8 (このIDを非表示/違反報告)
紬(プロフ) - 姫鞠さん» まさか一気読みしてくださる方が現れるとは…! ありがとうございます! 更新頑張ります!! (2020年8月20日 8時) (レス) id: d3d4d4d9f7 (このIDを非表示/違反報告)
姫鞠(プロフ) - お話がすごくタイプというか、とても好きです……そしてひとつひとつの描写が丁寧で素敵です。相乗効果でつい一気読みしてしまいました。続きがとても楽しみです……!!応援しています……!!! (2020年8月19日 20時) (レス) id: 4acd05b78d (このIDを非表示/違反報告)
紬(プロフ) - みかささん» うわあありがとうございます! 優しい読者さんに恵まれて作者は幸せです… 色々ポンコツな私ですが最後まで見ていただけると嬉しいです! (2020年8月19日 7時) (レス) id: c54b6c4345 (このIDを非表示/違反報告)
みかさ(プロフ) - 全然大丈夫です!作者さんも頑張ってください (2020年8月18日 20時) (レス) id: d74848b20e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:紬 | 作成日時:2020年8月12日 9時