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「A様、お隣よござんすか?」
普段の倍近く多かった仕事もなんとか終わり、屋上で一人夜風に当たっていたら後ろから艶のある声で呼びかけられる。
振り替えればそこには独特の訛りで話す絶世の美女、私の自慢の部下の一人であるニコがいた。足首まで伸びる三編みは濡れるように黒く、長い睫毛で囲まれた瞳は吸い込まれそうな魅力を湛えていた。
こんな時間にこんな所へ来るのだ、きっとニコも夜風に癒されたかったのだろう、と二つ返事で快諾した。ニコはするりと私の横に並び、何を話すでもなくシンドリアの煌びやかな夜景を眺めていた。
『シンドリアは本当に良い国だね。笑顔が絶えなくて、人が常に前を向いていて。王様の器の大きさがそうさせるのかな、国というよりは楽園みたいだよ。』
私たちはここから随分離れた東方の国で暮らしていた。そこにはユーカクと呼ばれる娼館があり、彼女はそこで娼婦を、私は娼婦の監視とユーカクの警備をしていた。そこで色々あって今に至るのだが、その色々というのも中々過酷なものであった。
シンドバッド様に出会えて幸運だったな、と改めて実感する。もし運命が少し違っていたら、私は警備員の異動で各地を旅できたかもしれないがニコはあの薄暗い檻に閉じ込められたままだっただろう。
「わっちにとってはA様の居らしゃんす御所が楽園でありんす。この命尽きるまで、ずっと御側に置いておくんなまし。」
『ニコに良い相手が現れるまで、ね。』
ま、可愛いうちの子だから簡単には渡さないけど〜と私が悪戯に笑えば口許に手を当てコロコロ笑う彼女。街から吹いてきた夜風が二人の官服を揺らす。
確かに私は彼女が繋がれていた鎖を断ち切った。だが実質彼女を救ったのはシンドバッド様なのだ、彼の力が無かったら私も彼女も皆殺しだっただろう。それを何度伝えても彼女は「わっちが心に決めた主はA様ただ一人でありんす」と頑くなに認めようとしない。
残りの4人もそうだ、ヒトヤもミツキもヨンタもゴローも似たようなことを言う。全く困ったものである、同時に実はかなり嬉しかったりもするのだがそれは私だけの秘密。
「あ、こんな所に居た。A様、風邪引きますよ。ニコもそろそろ中に入りなさい、また熱が出てしまっては俺が困る。」
『……ニコ、ヒトヤはどう?顔良し頭良し面倒見良しの三拍子揃った超優良物件。』
「む、嫌でありんす。」
冗談を言い合いながら出ていく二人の背中を見つめ、この幸せがずっと続きますように、と一人呟いてヒトヤは後ろ手に屋上の扉を閉めた。
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あまね(プロフ) - すきだぁぁぁぁ (10月11日 21時) (レス) @page18 id: 2b125e9969 (このIDを非表示/違反報告)
鈴(プロフ) - とても面白いです!これからも頑張ってください、応援してます!*\(`•ω•´)/* (2021年12月30日 12時) (レス) id: bdd88dda29 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:鳴々 | 作成日時:2021年9月15日 0時