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夜も更け、先程の珈琲のおかげもあってか調子を戻した私は書類作業のラストスパートに入っていた。
私が作ったルールである“できる限り残業をするべからず“、部下はこれを順守してくれており、見回り番も含めて既に席は9割ほど空いている。
部下の体調が一番、上に立つ者として当然の考え方だ。
カリカリと万年筆を動かし続けること数十分、ついに最後の部下が扉を開けて出ていった。ペコペコと何度も私に礼をして去っていくものだから面白くてつい笑ってしまった。
一人の作業室というのはどうも寂しくて、朝の喧騒が少し恋しくなってしまう。
え、もしかして仕事を手伝うって机ごとあの超絶静かな部屋に移動?そんなの絶対耐えられない、部下が恋しくて五分に一回会いに来てしまう。
『嫌だな……。』
「何がです。」
いきなり真上から聞こえた声に思わず後ろに勢いよく飛び退く。普通に座って作業していたので椅子ごと倒れてしまった。
バックバックと早鐘を打つ心臓を抑えながら体勢と椅子を戻す。足音なんてしなかったのに。
当の本人は涼しげな表情で私を見下ろしている。黒い瞳にハイライトは入っておらず、彼から放たれる威圧的な雰囲気を私は確かに感じとった。
『……あの部屋で仕事するのが、ですよ。ずっとあんな所にいたら気が狂ってしまいそうで。』
「ああ、それに関しては問題ありませんよ。私としてもあなたのような人は部屋に入れたくありませんから。仕事は私があなたの作業室まで持っていきます。」
いちいち腹の立つ物言いをする奴だな、と相手も思っていることだろう。私の主張に関しては事実だから仕方がない。
結局彼が何をしたいのかも分からないまま、残っている書類にペンを走らせる。その間彼はずっと私を見下ろしていたし、私はずっと居心地が悪かった。
ようやく最後の一枚が終わりそう、という時になって彼は初めて「それにしても意外ですね」と声を発した。
『え?』
「“仕事を手伝うこと”ではなく“あの部屋で仕事をすること”が嫌なんだな、と思って。」
ああ、それか。
私は返事をするのも面倒、更にそこから会話を続けるのも面倒だったので『まぁ、はい』と史上最強に適当な返事をして最後の判子を押した。
それから彼は明日の動きについて事細かに説明してきた。私がマルチタスク苦手なのを知っていて、敢えて仕事が終わるまで話し始めなかったのだと思う。そして話し終わるとさっさと出ていってしまった。有難すぎて癪に触る配慮だ。
要するに明日も元気に出勤しろと、はいはい。
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あまね(プロフ) - すきだぁぁぁぁ (10月11日 21時) (レス) @page18 id: 2b125e9969 (このIDを非表示/違反報告)
鈴(プロフ) - とても面白いです!これからも頑張ってください、応援してます!*\(`•ω•´)/* (2021年12月30日 12時) (レス) id: bdd88dda29 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:鳴々 | 作成日時:2021年9月15日 0時