その指先に愛を乞う

※ ページ39

.



「藤ヶ谷、今日これで終わり？」


「え、ああ、うん。そうだけど･･･」


撮影を終えて帰る準備をしているところで北山に呼び止められた。
北山は衣装から着替えて、見慣れたカジュアルな私服姿で。

あ、これ･･･。

北山が履いているのは、間違いなくあのデニムだ。
6年前に俺がプレゼントした、あのデニム。
物持ちのいい北山のことだから、大事にしてくれるだろうとは思っていたけれど、こうして6年経った今も変わらず北山の手元あることが確認出来たことがとても嬉しかった。


「あー･･･藤ヶ谷オマエこの前の検査、問題なかったよな？」


「え、ああ、うん。陰性だったよ？」


ドラマや舞台、大きな仕事の度に感染症の検査を定期的に受けている。
芸能界という特殊な場所に身を置く以上は仕方のない事だ。
一般の人達の様にマスクをして仕事をするわけにはいかないのだから。


「ちょっとだけ、飲まねぇ？」


「は？」


「少し、話したいことあんだ。」


「え･･････。」


北山が俺を誘ってる？
え？なんで？
話したいこと？
何それ、良い話？悪い話？

驚いた俺は咄嗟に言葉が出ず、瞬きが増えているだろうことが自分で実感出来てしまっている。
それほどに、二人で飲むという行為に現実味がない。
最後に二人でご飯に行ったのはいつだったか。
それこそ、感染症の流行よりもずっとずっと前だ。
どう答えたらいいのかわからなくて、言葉に詰まってしまった俺に北山は苦く笑った。


「そんな身構えるなよ。」


「いや･･･そういうわけじゃないけど･･･」


苦笑する北山の瞳が、少しだけ寂しそうに見えるのは俺の願望だろうか。
大して反応することも出来ず、呆然と北山を見つめてしまう。


「たまには良いんじゃね？二人きりも。」


「っ、･･･、･･････うん･･･。」


北山の口から零れ落ちた"二人きり"というパワーワード。
咀嚼して呑み込むのに、少しだけ間が出来てしまったことは仕方ないだろう。


「でも･･･」


「でも？」


「お店、開いてないよ？」


緊急事態宣言が発令されて、飲食店で酒類の提供は差し止められている。
もちろん、個人経営のお店ならばまだ可能性はあるものの、そういった所で飲食をしているところがもしも人目に触れたならば･･･恐らく今の俺達は無傷ではいられないだろう。


目立つ職業とは、往々にしてそういうものだ。









.









「ああ、だから、俺ん家(ち)でいい？」







は？


.

あの頃の俺に→←※

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す