□福寿草 ページ7
｢Aさん。｣
｢はい。｣
｢あのー遅くないっすか？｣
浴室の扉越しで会話する。そのご意見はごもっともで、私はお風呂へ引っ込んでからかれこれ15分ほど、その場で立ち尽くしていた。
今日はなんと、初お泊まりデートというやつである。
晴れてめいちゃんとお付き合いできた日からおよそひと月。一応大人をやらせて頂いている身からすればかなり進展が遅いと言えるけど、それもこれも全てお互い忙しすぎるせいだ。あとは単に、緊張しいな私にめいちゃんが合わせてくれているのもあるが。
｢着替え終わった？｣
｢まだ。｣
｢めっちゃ嘘つくじゃん。なに、パーティドレスでも着てんの？｣
｢…実はそうなんだよね。｣
｢いやほんとだとして何してんの？あーけーてーよ！｣
見え透きすぎて向こう側まで見えちゃいそうな嘘には流石に引っかかってくれない。
痺れを切らしためいちゃんがドアノブをガチャガチャして脅してくる。鍵とかついてないのに入ってこないあたりかなり紳士だな…。
｢なぁにがそんなやなのよ。｣
｢嫌とかではない、けど…ほら、スッピンだから…。｣
｢いや初対面スッピンだったよね？俺ら。｣
｢今と昔はちがうの！｣
駄々をこねてもただ時間が過ぎるだけで、そのうち開けなきゃいけないんだけど…そうなんだけどね！？お互い私服ではないわけじゃんか。めいちゃんの部屋着なんて見ちゃったあかつきにはもう…平気な顔していられる自信がないのよ。だって彼…彼氏のお家で部屋着って、想像しないようにすればするほどしちゃうでしょ！？
｢はいもう開けまーす、開けちゃうからね！｣
誰にしているのかわからない言い訳を脳内で無限にリピートしていると、とうとう扉が薄く開かれた。
動揺と混乱でめちゃくちゃな中、どうにかこうにか逃げ遂せる方法を考えた私の取った行動は――、
｢…え、なんで壁向いてんの？｣
必殺、壁を見つめてめいちゃんと目を合わせない。
｢や、壁の模様綺麗だなって。｣
｢ん〜模様ないけどねえ。｣
｢…いい素材だね？｣
｢変わらん変わらん。｣
定点カメラとかあったらめちゃくちゃシュールな光景なんだろうな。壁に向かって話す私、絶対第三者目線で見たくない。恥ずかしいもん。
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作者名：哀 | 作成日時：2022年8月29日 23時
