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「…………ごめん、なさい」
結局、私が出せた答えは「謝罪」だった。それだけだった。
他に何を言えというのだろう。なにも思い出していない私の脳から引き出される答えは、絶対に正解に導かれることはない。きっと今の自分でもよくわかっていない感情で振り回して出してしまう答えは間違いだ。だから、出してはいけない。
どちらの手を、とってもいけない。
きっと、数時間前の私ならば何も考えることをせず、直感に頼ることもなく、兄の手を取っていた。
それが自然で当たり前だというように。息をするように。水を飲むように。なんのためらいもなく。その空気は毒ガスかもしれないのに。その水は塩酸かもしれないのに。
それでも先ほどまでの私だったならば、手にとっていた。
でも、今は違う。
夢から醒めろ、目を覚ませと私に訴える赤司君が目の前で私を揺さぶってくる。その男は悪魔だ。裏切り者だ。偽善者だ。だから駄目だ。こちらに来い。こちらが正しいのだと。
それを言われたからと言って、私は兄を捨てられない。
だから私の答えはどちらでもない、「謝罪」だった。もうわけがわからなかった。できることならここで気を失って全てを放棄してしまいたかった。
「正直、貴方達どちらの言っていることも私にはよくわからない。
どっちが正しいのか、どちらを信用すればいいのか。何を守って何を捨てて、何と戦えばいいのか。何もわからないの。」
「A……、それは」
ぎゅっ、と兄の腕の力が強まる。
緊張がこちらに駆け巡り、不安と恐怖が兄の中に膨れ上がっているのが顔をみなくてもわかった。
「答えて。……私は何を忘れているの?どうして忘れているの?
私は赤司君と会った記憶なんてないのに、赤司君は私と会ったと言っているのはなんで?」
頭の中の血が下へ下へ下がっていく。
血ではなく、冷たい氷水を体が貼り巡っているようなひんやりとした感覚に、体が震える。
耳、指先、足先から段々凍るように冷えていって、顔にも足にも熱が回らなくなる。パニック状態になっているのは明らかだった。
ハッとして私に近づいてくる赤司君の姿も、涙で視界がぼやけ、輪郭がはっきりとしていなかった。
「……っ、Aさん、一旦落ち着いて、深呼吸をしてください。そのままじゃ過呼吸になる……っ!」
「っ、全然、思い出せない……っ、どうして……っ?」
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