ガラクタ文庫 -薄桜鬼短編集- ３

非常ベルは止まらない(斎藤一) 1 ページ39

付き合ってほしい。そう言われたとき、ひどくがっかりした。この女も他の女と同じなのだと。


相談があると言われてふたりやってきた洒落たバーの片隅。店の雰囲気にあった音楽が流れている。


―家柄がよく、仕事ができ、金もある。それに加えて器量もよい―


昔付き合った女が彼女の友人そう話していたのをたまたま聞いた。誰も俺自身を見るものなどいない。面白味のある人間ではないから仕方が無いが...寄ってくる女など所詮そんなものなのだ、そう思っていた。


だが彼女は違うと思っていたのだ。人の嫌がる仕事を率先してこなしていき、機転もきく。誰にも媚びないサバサバした印象に好感さえ持っていた。なのに...。まぁ、彼女の方からすれば勝手に違うと決めつけられて、がっかりされてもいい迷惑だろうが。


だが、彼女の次の言葉に俺はフリーズすることとなる。


「あ、別に本気で付き合ってほしいって意味じゃないのよ？ただ彼氏のフリしてくれればいいの。」


...は？彼氏のフリに付き合え、と？


「ちょっといろいろあってね...。斎藤くん、婚約破棄されてから両親に相手を見つけろ、お見合いしろって気も進まないのにせっつかれてるんでしょ？カモフラージュくらいにはなると思うだけどどうかしら？」


諸事情で私には貴方が必要。貴方にもなんらかの対策が必要。お互いいい仕事ができそうじゃない？そう言ってのける目の前の女。


まず...誰に聞いた、そんなこと。いや、誰と聞かなくても分かる。俺のことを知っていて、二人の共通の知り合い。そんなの一人しかいない...沖田総司。


実際俺はまいっていた。俺には婚約者がいた。親同士が勝手に決めたものだ。彼女の方は最初はこの結婚に納得してたらしい。だが俺があまりにも面白味のない男だったから、刺激が足りなかったらしい。俺の友人と浮気をした。付き合っているという感じではなく、曖昧な関係だったから浮気ではないのかもしれないが、女性に対する不信感をさらに募らせるには十分だった。


だが両親は俺にお構いなくその後次々と見合い話を持ってくる。この会社の跡継ぎのために。正直不愉快極まりない。


「お互いの生活には干渉しない。ただ、斎藤くんは私の彼氏のフリをして仕事帰りに家まで送ってくれさえすればいいの。私は斎藤くんが必要な時には何をしてても放り投げて駆けつけてあげる。あ、仕事以外ね。」


確か彼女はかなりいい大学の出だったはずだ。それだけで親を納得させるには十分...。

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