天使1 ページ1
少年は歩いていた。
自分がかつて住んでいた地、イケブクロは、自分が消えた今でも形を変えず盛況だ。
向けられた視線を気にすることなく、今日も自由を満喫していた。
「ねぇそこの女の子〜」
自分にかけられているであろう声。
すぐ隣にペースを合わせて歩いてきた男が発している。
自分は女の子ではない。例え女の子の格好をしていようが、性別学上は男なのだ。
だからこの声に答える義務はないと屁理屈を浮かべて無視した。
だが、先の経験から知る限りナンパをするような人間はなかなかのメンタルをお持ちである。
無視で引き下がる奴などほとんどいない。
その経験よろしく、隣の男もついにその少年の腕を掴んだ。
「ちょっとちょっと無視はひどくない?
俺はさ、ただご飯でもどうかなって言ってるだけだよ?
俺すげぇ美味しい店知ってるからさ」
だらだらと続く男の話に、少年は笑顔を浮かべた。
もちろん、誘いに対して肯定しているわけではない。
少年の少ない良心の小さな慈悲だ。
自分の腕を掴む掌にもう一方の手を重ねる。
さらりと手の甲を撫でると男の表情が変わった。
少年はこの瞬間が大好きだ。
都合のいい考えが起こす勘違いによって緩められた表情が、自分の一手で歪むこの瞬間が。
少年は手の甲から指へと撫でる手を移すと、小指にさらりと手を通した。
そして
バキッ
「…え、ぅ、うぁぁあぁ!?」
目の前で痛みに悶える男を見て、少年は笑顔を浮かべた。今度こそ、心からの笑みだ。
周りの人間は何事だと遠巻きにこちらを見ている。
少し遠くから警察と、名の知れた若者が近寄ってくるのが見えた。
面倒ごとは嫌いだ。
警察は話ばかり長くて、こんな小さなことに対策なんて講じてはくれない。そればかりか、過剰防衛だのなんだとこっちを責めるのだ。
生憎とつまらない話を大人しく聞いていられるほどいい子ではない。自他共に自負していることだ。
何しろあんな親から生まれた小汚い身の上の可哀想な男の子なので、なんて思ってもないことを頭に浮かべて笑った。
少年はスキップをする様に逃げる。
人混みをするりと華麗に抜け、肩にかけている小さなショルダーバッグからスマホを取り出した。
アドレス帳の中からウサギさんという文字に皮肉につけられたハートマークをタップする。
“僕は今日も良い子でした♡”
この一言で相手は全てを察するだろう。
返事はきっと返ってこないだろうけれど。
少年はくるりと振り返って言った。
『鏡見てから来い』
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作者名:忌子の君 | 作成日時:2020年1月4日 5時