「ありがとう」 ページ42
止んだとはいえ、数十分の間吹雪き続けた名残として、地面にはうっすらと白くなっていた。
とある一か所を除いて。
そこでは、お互いに地面を踏み、傷つけ、地に伏せさせあっていたため、地面は雪と地で中途半端にぬかるんでいた。
はあ、と上がる息はまだ白い。その白さが消えるのを待たず、次、また次と息を吸っては吐く。
額からまた、つ、と流れ落ちた血を左の手の甲で拭う。いつもは真っ白な手袋は、赤と茶で汚らしく染まっていた。右手は、杖のように地に着けた剣の柄を握っている。
本来なら、手袋は常に高潔な白であらねばならない。正義を執行するための剣を、杖にするなど言語道断。けれど、けれど。
彼女は、腹部をかばうように背中を丸めながら、少し先の地面に今度こそ倒れたシトを睨みつける。
――立っている、ということがエミリアにとって第一だったのだ。子供のような意地、と言われればそれまでだが。
でも、彼は指先一つ動かさない。完全にうつぶせになっている姿の、なんと滑稽なこと! ほ、と彼女が息をつきそうになったその時。
「つまらねえな、お前」
空虚な満足感で、空っぽになった胸を彼女が満たそうとしていたところだった。
もうしないはずの男の声がしたのだ。
「――今、何と」
一度下がりかけた溜飲がまた戻ってくる。そう睨みつけるエミリアを尚あざ笑うかのように、男――シトは顔だけをあげて、白い歯を見せて笑った。
「勝ったとでも思ってるんだろ。それがつまらねえんだよ。いや、何もかもがだ。私怨を正義のふりして片付けてるのも、全部な。本当はただの憂さ晴らしのくせに。性質悪ぃよ、俺みたいなただの復讐心の塊より、よっぽど。騎士団ってのはそういう奴らの集まりだよな。――てめえ、戦いに勝ったことこそあれ、挑んだことはねえだろ?」
「何が言いたい」
手負いの獣のような声でエミリアは言った。帰ってくるシトの声は、相変わらずの半笑いである。
「何って――てめえ、いつまでも王様の大権を笠に着っぱなしで、自分の責任で戦ったことがねえんだろって」
「もういい黙れ! 『That’s――」
憂さ晴らし。自分の責任で。意思で。
そう騎士を、王を愚弄する相手が、そしてなによりそれを戯言と聞き流せない自分にひどく苛立ち、エミリアは我を忘れて剣を頭上に掲げる。
「ストップ、シュヴァルツ止まれーー!」
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紫清(プロフ) - 嵩画さん» 温かいお言葉ありがとうございます! 読んで下さる方がいるということが何よりの励みになりますので、今後ともよろしくお願い致します。 (2020年3月16日 18時) (レス) id: 840643cfcd (このIDを非表示/違反報告)
嵩画(プロフ) - 毎回更新される度にわくわくしながら読ませて頂いております…今後の展開が非常に楽しみです。お忙しい時期だとは思いますが、頑張って下さい。 (2020年3月16日 17時) (レス) id: 34e937d538 (このIDを非表示/違反報告)
紫清(プロフ) - ももせさん» ありがとうございます! 長くなりそうですが、お付き合い頂ければ幸いです。 (2019年9月26日 0時) (レス) id: 85ba6a0490 (このIDを非表示/違反報告)
ももせ - 小説版すごく楽しみにしていました!今後の展開が気になる…更新楽しみにしてます!! (2019年9月23日 23時) (レス) id: a031215c05 (このIDを非表示/違反報告)
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