彼の背中 ページ20
審判の「やめ」の合図が、練兵場上の青空に高く響いた。
「普段能力で意識しないからだろうが、一瞬一瞬の判断が遅い。それでは手練れ相手には押し負けるぞ。お前はただでさえスタミナがないんだ。攻め切れなくてどうする」
勝利したノア・プレンダーガスト――騎士団特別部隊“ユートピア”の副団長は、敗者の喉元へ突き付けていた木刀を引っ込めながら淡々と言う。
「『戦場では誰も待たない』んだろう」
そう言い終わると、くるりと踵を返して出口へと無感情に歩いていく。敗者への思いやりが全く見られないその様子に、周囲の騎士たちから「さすが氷の副団長様だ」「怖いよな。だから俺は絶対“ユートピア”には行きたくないんだよ」とひそひそと声が上がった。
そんな中で敗者であるアズサは、まず立ち上がって体のどこにも異常がないことを確認した。そして、深紅の制服についていた土埃を払う。
黙って先ほど副団長が歩いた道を追う。うつむいたまま。そんな彼女の様子に、「やっぱり厳しすぎよね」とまた、ひそひそ。一部始終を見守っていた者達には、彼女の緑の瞳は今にも涙がこぼれ落ちそうに、それに伴って頬も紅潮して見えた。
模造刀を所定の位置に返し、アズサは預けておいた自分の荷物と剣を受け取る。時計を見ると、次の巡警まで少しだけ時間がある。軽い食事をとる時間ならありそうだ。
それにしても、と建物の陰でいったんアズサは止まる。ふうーっと、一度大きく息を吐いた。
無駄のない動きに、相手の動きを一瞬も見逃すまいと見開かれた目。鍛え抜かれたことが服の上からでも分かる身体。あらゆる動き、言葉から感じられる強い意志。
「かっこいいなあ……」
勇気を出して「手合わせお願いします」と言ってよかった。少しだけ、ほんの少しだけあの忙しい人の時間を独占できたのだ。――ああ、もちろん、自分の戦い方の欠点が分かったことも。
ふふふ、と先ほどまで抑えていた頬を遠慮なく緩ませる。かっこいいなあ。すごいなあ。早く追いつきたい、追い越したいなんておこがましいかもしれないけれど――
どうにか、力になれたらな。
そうだとしたら、やはり巡警までは休憩より鍛錬をした方がいいかもしれない。そうだ、やっぱり練兵場に戻ろう。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 31人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「オリジナル」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
紫清(プロフ) - 嵩画さん» 温かいお言葉ありがとうございます！ 読んで下さる方がいるということが何よりの励みになりますので、今後ともよろしくお願い致します。 (2020年3月16日 18時) (
レス) id: 840643cfcd (このIDを非表示/違反報告)
嵩画(プロフ) - 毎回更新される度にわくわくしながら読ませて頂いております…今後の展開が非常に楽しみです。お忙しい時期だとは思いますが、頑張って下さい。 (2020年3月16日 17時) (レス) id: 34e937d538 (このIDを非表示/違反報告)
紫清(プロフ) - ももせさん» ありがとうございます！ 長くなりそうですが、お付き合い頂ければ幸いです。 (2019年9月26日 0時) (レス) id: 85ba6a0490 (このIDを非表示/違反報告)
ももせ - 小説版すごく楽しみにしていました！今後の展開が気になる…更新楽しみにしてます！！ (2019年9月23日 23時) (レス) id: a031215c05 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
