一杯のカクテル。【中原中也】

▽シルク・ストッキングス ページ20

「もうすぐ天辺ですね…！」


「あぁ、そうみてェだな」


きっと今、私は子供みたいな顔をしているんだろうな。

そう思いながら中也さんの方を振り向けば彼もにっこり笑って窓の外を見つめた。
覗き込むように上を見ればもう後数メートル先が天辺だ。

わくわくと弾むような胸をぎゅっと押さえていると中也さんが何気なしに口を開いた。

「そういえば観覧車といえば、デートスポットの定番らしいんだが」

「そうなんですか？」

「俺もこの手の話は正直さっぱりだ」

ま、あくまでも聞いた話だけどな、と中也さんは続ける。


「観覧車の天辺でキスした男女は結ばれるんだとか」


その時、私は中也さんがどんな気持ちでそう言ったのかがわからなかった。

＿＿＿＿ロマンチックですね、憧れる。


会話を繋ごうとそう口を開きかけたところで、言葉が詰まった。何か、中也さんに求められているような気がして、この答えが合っているのかわからなくなって、言葉を発することが躊躇われた。


数秒の沈黙だった。
彼も私も黙り込んだままで、時間だけが動き続ける。


「ぁ、」


今日で一番綺麗な夕日が私の瞳に映ると同時に、
はたと、中也さんと視線がぶつかった。


隣に座る中也さんはしばらく無言で私を見つめた後、吸い寄せられるかのように私に顔を近づけて、唇を重ねた。


一旦離れたと思えば、もう一度、もう一度、と啄ばむような口付けが交わされる。


恋人じゃないのに、どうしてこんなこと？
そんな疑問が浮かんだけれど、不思議と厭な感情は出てこなくて、今はこの瞬間に浸っていたかった。


*♡*

シルク・ストッキングスの意味は『抗えない誘惑』

*♡*

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