肆 ページ40
「そうしたら炎が勢いよく吹き上げて不気味な色にかわったんだ」
可哀想な宦官は思い出すのも恐ろしい様子で肩を震わせる。
「その色は、赤や紫や青ですか？」
「そうだよ」
Aはなるほどと頷いた。
今日聞いた小蘭の噂の元はここからだというのか。
(西側の話なのに、ここまでまわるのね)
女官の噂は韋駄天よりも早いというのは本当だろう。
「ありゃあ、昔火事で死んだ妃の呪いだ。やっぱ夜に火をつけるのがいけなかったんだ。だから、こんな手になっちまったんだ」
宦官の手のかぶれは、炎を見たあとにできたらしい。
「なあ、娘さん。呪いを解く薬を作ってくれよ」
「そんな薬あるわけないですよ」
Aはそう言い放ち席を立つと、隣の薬棚をごそごそといじりだした。
おろおろとするやぶ医者と小父さんを後目に、何かを卓の上に置く。それは粉のようなものがいくつか、あとは木簡の端切れだった。
「こんな色じゃありませんでした？その炎って」
木簡に炭をつけ、火が灯ったことを確認すると、Aは薬匙で白い粉をとり火に入れた。
橙色の炎が赤く変わる。
「でなければ、こちら」
違う粉をいれると、青緑色に変わった。
「これでも、できますね」
松茸につける塩をひとつまみ入れると、黄色に。
「嬢ちゃん、これは一体？」
驚いた様子でやぶ医者が聞く。
「色つきの花火と同じです。燃えるものによって、色が変わるだけです」
楼閣の客には花火職人もいた。門外不出の秘伝の技も、閨の中では世間話に変わる。
「じゃあ、この手はなんなんだ？呪いじゃないのか？」
Aは白い粉を差し出した。
「これを素手で触ると、発疹ができることがあります。でなければ、木簡に漆でも使われていたとか。どちらにしろ、肌が弱いのではないのですか？」
「……そうなのか」
宦官は骨がなくなったように、力なく座り込んだ。顔には安堵と驚きが張り付いている。
何かが木簡に付着していたのだろう、それを燃やすことで色とりどりの炎が生まれた。
ただそれだけだった。
(なんでまた、そんなのがってことだけど...)
そこで、Aの考えは遮られた。
後ろからぱちぱちと手を叩く音が聞こえたのだ。
「お見事」
いつのまに、嫌なお客が立っていた。
変わらずの天上の笑みを浮かべて。
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作者名：泉 | 作成日時：2024年1月18日 22時
