参 ページ25
「薬を見てもらえませんか？」
「おお、嬢ちゃんかい。ちょいとまってな」
やぶ医者は茶菓子と雑茶を用意する。甘い饅頭の類ではなく煎餅である。
最近甘いものに飽きてきたAにはうれしい。
毎回いろいろ餌付けされている気がしないでもないが。
やぶだが人は良い。性格はいいが、仕事はできない型である。
と、
「私の分もお願いするよ」
甘いたおやかな声が言った。
なにやら輝かんばかりの空気が回りに立ち込める気がする。
やぶ医者は驚きと高揚を浮かべた顔で、せっかく用意した煎餅と雑茶を、白茶と月餅に替えて持ってきた。
(煎餅が……)
がっかりするAの横に、輝かしい笑顔が座る。
身分差を理由に同席を拒否するも、無理やり肩を押さえこまれた。
見た目の優しさと全く違う強引な行動にAは辟易する。
「太医、すまないが奥からこれを取ってきてくれないか？」
紙切れを渡す。
遠目からみても、かなりの数が書かれていた。しばらく時間が稼げよう。
やぶ医者は目を細めると、残念そうに奥の間に入った。
「本題はなんでしょうか？」
察しのよいAは、湯飲みを揺らしながら聞いた。
「幽霊騒ぎは知っているかい？」
「噂程度に」
「じゃあ、夢遊病ってのはわかるかい？」
Aの目の端に輝きが宿ったのを壬氏は見逃さなかった。
くくくっと、天女の笑みに意地の悪さが混じる。
「それはどうやったら治るんだい？」
甘い甘い果実酒のような声で壬氏は尋ねた。
_________________________
「そんなもの、わかりません」
自分を卑下しないが、しかし決して過剰にもとらえないAの答えだ。
どんな病気か知っているし、患者も見たことはある。
その結果言えるのはこれだった。
「薬で治せるような病気ではありません」
気の病である。
花街の妓女がこの病にかかったとき、おやじどのはなんの処方もしなかった。
薬で治るものではなかったからだ。
「薬ではというと」
何なら治るんだ？と聞いてくる壬氏。
「私の専門は薬です」
言い切ったつもりだが、横をちらりと見ると憂いを含んだ天上人の顔がある。
(目を合わせてはだめだ)
野生動物を扱うかのごとく、Aは貴人から視線をそらす___そらそうとする。だが、そらせない。壬氏は回り込んではAの目を覗き込んでくる。
かなり粘着質である。
「……努力します」
ものすごく嫌な顔をしながら、Aは答えた。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 241人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：泉 | 作成日時：2024年1月18日 22時
