弍 ページ16
人間離れした美貌を持つ青年は、天上人の笑みをたやさず浮かべている。
三人の侍女はそれぞれ頬を染めながら客人を迎える茶を用意する。
壁の向こうから小競り合いが聞こえるところをみると、だれが準備するのか言い争っているらしい。
呆れた紅娘は自ら茶器を用意すると、三人に部屋に戻るように指示した。
毒見役のAはそんな騒ぎを尻目に、銀の茶椀を持つと匂いを嗅いで口に含んだ。
さっきから壬氏がずっとこちらを見ているので居たたまれない。目線を合わせないようにと目を細める。
若い娘であれば、たとえ宦官であろうともこれだけの美丈夫に見つめられて悪い気はしないはずだが、Aはそうではない。
そもそも美しいものは嫌と言うほど見ている上に、興味が他人のそれよりもずれたところにあるのだ。
だから壬氏が天女のように美しいと理解してはいても、一線を引いて見ている。
「これは貰いものなんだが、味見してくれないか?」
壬氏が机に置いてある籠を一瞥して言った。
Aは籠の中を覗き込む。包子が入っている。
つまんで中を割ってみると、餡にひき肉と野菜が詰まっている。
嗅ぐと、何度も嗅いだことのある薬草の匂いがした。
一昨日食べた強壮剤と同じものだ。
「催淫剤入りですね」
「食べなくてもわかるのか」
「健康には害はありませんので、どうぞお持ち帰りください。美味しくお召し上がりください」
「いや、くれた相手を考えると、素直に食べられないものだろう」
「ええ、今晩あたり訪問があるかもしれませんね」
淡々と述べるAに、想像したものとあてが外れたらしい壬氏はなんともいえない顔をしている。
知っていて催淫剤入りの饅頭を食べさせようとしたのか。気づいたAは毛虫を見るかのように眉を顰める。
二人のやり取りに、玉葉妃は鈴の鳴るような声で笑った。足元には寝息を立てる鈴麗公主がいる。
Aが一礼して客間をあとにしようとすると、
「ちょっと、待った」
「なにか御用でしょうか?」
壬氏は玉葉妃と目を合わせた。どうやら、Aが来る前に本題は伝えられているようだ。
「媚藥を作ってくれないか?」
一瞬、Aの瞳に驚きと好奇の目が浮かんだ。
その薬をどう使うのかは知らないが、それを作る過程はAにとって至福の時に違いなかった。
唇が笑みの形を作るのを押さえつつ、Aはこう述べた。
「時間と材料と道具。それがあれば」
媚藥に準ずるものなら作れます、と。
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作者名:泉 | 作成日時:2024年1月18日 22時