開演ブザーは永遠に（３） (ページ10)

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「言ったはずだ。しつこいと。いい子ぶりたいなら他所でやれ。――なぜ俺に構う」

　彼女は質問の意図をはかりかねるように何度か瞬きを繰り返し、呟いた。

「私、みんなのお姉ちゃんだから」

「…………は」

「Ａ組の子はみんな、私の弟や、妹みたいなものだから」

　――馬鹿だと思った。それも、底抜けの。

　自分よりも小さく、自分よりも弱い。棗がアリスを使わずとも簡単に組み伏して、首に手をかけることすら容易い。
　そんな脆弱な存在が、姉と称する。彼女の言う“みんな”に己も含まれている。今のように暴力を振るわれても尚、彼女にとって棗は庇護の対象なのだ。

　――本当に馬鹿だ。

　こんな馬鹿を痛めつけて、遠ざけても仕方ない。一つの諦めが生まれた。有り体にいえば、毒気を抜かれてしまった。
　手の力を緩め、彼女の上から退く。彼女はおずおずと身を起こして、部屋の壁を探り電気をつけた。
　明るくなった部屋の中で、彼女は自分の傷を気に留めず、薬を惜しみなく棗に使った。服を脱がせ、血を拭う。生傷に薬を塗り、包帯を巻き、絆創膏や湿布を貼る。

「痛くない？」

　指に赤い跡が横に走る。彼女は扉に挟んでいない手で棗の頭を撫でた。
　頷き、悪かったと小さく呟けば、ほかの子にはしちゃダメだよ、と本当に姉のような顔で言った。
　指と、頭。強い力で痛めつけたその傷を、彼女は大丈夫だからと治療を後回しにしている。治癒のアリスストーンがぶらさがるネックレスを渡して、貸してやると言えば、怪我の原因は棗であったのに、嬉しそうに微笑んだ。

　それからも、棗の部屋の中という限定された場所で彼女との交流は続いた。
　任務のあった日、彼女は棗の部屋を訪れる。
　あまりにもぴたりと任務の日を当てるものだから一度尋ねてみると、少しばかりの後ろめたさを滲ませて、「晩御飯の時いなかったから」と答えた。夕食の際、一瞬だけなにかの視線を感じていたが、それは彼女のものだったのかと納得した。
　夜、彼女は棗の部屋にきて、傷の手当てをして、寮母ロボットが作った料理をあたため、時にはともに眠りに落ちる。
　棗が怪我を負うたびに、彼女は薬や湿布を持ってくる。代金を払うと言えばそんなことは気にするなと、また姉の顔で彼女は笑った。
　親友であるルカにすら、否、親友だからこそ見せたくなかった弱さを、彼女の前では晒せた。
　任務という泥濘に沈む棗を掬いあげ、こびりついた血を濯ぎ、清らかな布で包む。息を吸えども、死臭はしなくなった。

　自分よりも小さくて弱い、脆弱な彼女は、棗の中でたしかに姉として存在していた。