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『……ウン。
いつかお前にって、思ってたんだ。
イザナ、ありがとう。
兄弟で繋いでいくのが夢だった。
…黒龍はお前…そして、万次郎に継がせたいから。』
真一郎がそう言った、一瞬、世界の動きがぜんぶ止まったかのように周りの音が聞こえなくなった。風がひゅうひゅう唸る音も、地団駄を踏むエンジン音も、ぴたりと。
ただ、耳の奥で、自分の心臓がばっくばっくと鳴り響いていて、なんだか視界がぐにゃぐゃ歪む。
目の前の道路は跳ね上がり、雲ひとつない青空は垂れ下がり、信号機はへし曲がった。
万次郎。
その名前を久しぶりに耳にしただけで、大時化でも起きたかのように心が波立ち、落ち着かなくなる。
『ありがとう』
後ろで、真一郎が嬉しそうな声色でそう言ったのが忘れられない。
真一郎、お前は、"お兄ちゃん"じゃないの？
お前は、俺だけの、お兄ちゃんじゃないの？
…そこからどうやって、マナカたちが待っている店まで戻ったのかは覚えてない。
バイクを走らせている道中で、身体の中から何かをごろごろ落としてしまったんじゃないかと思うほどの虚空。
胸の肉を強く抉り取られたのかと錯覚するほどに苦しくなる呼吸。
ただ、店を出る時にマナカが『またね』と少し不安げな声で俺の手首をそっと撫でたことだけは、覚えていた。
後ろ手に手を振り別れを告げる真一郎と、まなかの服の裾を握り締める乾。
そして、漠然と不安を湛える目をしたマナカ。
その3人の姿が、余計に俺をぐちゃぐちゃとかき回した。
乾の姿が、万次郎と重なったような気がして、ふつふつと。
ぽっかりと空いた胸に流れ込んでくるのは、どす黒く濁った憤りの感情。
俺はマナカの方にほんの少しだけ振り返り、『つぎは、また俺から会いに行くから』と言い残して再びバイクに跨った。
八つ当たりでもするかのようにエンジンを空ぶかしさせて、あの目から逃げるように真一郎のバイク屋を後にする。
自分の中に渦巻く感情が何なのか分からなかった。
．
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作者名：亜秀 | 作成日時：2022年2月6日 20時
