2.緊褌一番 ページ3
『
……何事でもお申し付け下さい、兄上』
「気持ちは嬉しいけど、まず頭を上げようか」
『はい、承知致しました』
膝を付き、頭を垂れていた女はその時、
ここへ来て初めて頭を上げた。
その表情は先刻とは、正反対と言えるほどに
異なっている。
白い陶器のような肌に、頬にだけ僅かな赤みを
宿して、女は恍惚とした笑みを浮かべていた。
その容姿は目の前の男
──竹中半兵衛と瓜二つである。
「宜しい。……実は、Aに
今回の僕の策について、意見を貰いたいんだ」
女──Aは、地図の上に置かれた碁石を
一瞥してから、再び半兵衛に眼を向けた。
『今回も、いつもと変わらず意趣卓越で、
絶類抜群な策かと思いますが……』
「……君なら、どうするかを訊きたいんだよ」
『…………私、なら……』
「うん」
Aは二、三度地図と碁石を交互に見て、
元々置いてあった碁石を全て端に寄せる。
『私ならば……火計にします』
「フフ……それは面白いね。どうして？」
『御存知かとは思いますが、まず──……』
***
一通りの説明を終えAは、終始軽い相槌や
質問しかしなかった半兵衛の表情を伺った。
『あの……兄上？』
顎に手を当てて黙りこんでいる半兵衛を、
内心焦りながらAは見つめる。
しばらくして、ようやく彼は言葉を紡いだ。
「……流石は僕の妹だ。これなら、豊臣の未来も
安泰だね」
細腕が伸びてきて、Aの頭上で
一度静止した。
そのまま、ぽんぽんと頭を撫でられ、
一気に彼女の顔は茹でた蛸のように赤くなる。
『恐悦至極に、存じます……』
「この策は興味深い。
また今度の戦で使わせてもらうよ」
『はい……！ それでは、失礼します』
一礼して去ったAの足音が遠ざかったのを
確認し、半兵衛は深いため息を吐いた。
「僕以外にあの頭脳を使いたがらないのは、
流石にまずいな」
ごほ、と一つ咳が出る。
ごほ、ごほ、と二つ続いて咳が出た。
「ごほっ」
幾回かそれが続き、最後に大きな咳が一つ、
血の塊と共に吐き出された。
「……僕が居なくなったら、君は……Aは、」
──どうするんだい。
その質問に答えられる者は、居なかった。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 3人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：紫蘇ぷりん | 作成日時：2018年9月24日 18時
