【◇】あいつ､誕生日だってよ｡

10月:小湊春市 ページ1

*


部活が終わり球児の声が遠ざかる｡


遠くに騒がしい沢村くんの声を聞きながら
部員の使ったタオルを洗濯機に放る私｡
洗剤と柔軟剤を入れてスイッチON｡


ごうんごうんと回る中を意味なく見詰め
食堂でお茶でも飲もうと立ち上がった｡



「ふふ､だーれだ」



突然､視界が真っ暗になった｡


耳をくすぐる優しくてあまい声に
口元がほころぶのを必死に堪える｡
気を抜いたらついつい笑っちゃいそう｡



『えー?沢村くん?』

「ちがいます」

『ん〜…亮さんですか?』

「ちがいます！」

『あ！ゾノ先ぱ』

「違うってば！もう！」



ついに痺れをきらした声の主は
んもう！とかわいい声を漏らした｡



『ごめんごめん春市』

「Aちゃんったら」

『だって面白いんだもん』

「だもん､じゃないよ」



はぁ…と苦労人の溜め息｡

綺麗な手を離して私の前に来る｡
さらさらした前髪が揺れて瞳が見えた｡
その大きな瞳が三日月形に細められる｡




「お誕生日､おめでとう」



私の手に置かれる小さな茶色の袋｡
桃色のうさぎのシールをぺりりと剥がす｡



『ありがとう､中見てもいい?』

「袋開けてて待ては言えないよ」

『えへへへ』



小さな袋をひっくり返して中身を
ころんと掌に出せば､小さなピン｡

桜の花の飾りのついたピンがきらり
私の掌で挨拶するように少し光った｡
何これなにこれめちゃめちゃかわいい｡



「最近､前髪伸びたって言ってたから」

『これ､春市が選んだの?』

「ま…まぁ､うん」

『ありがとうぅ！！！』

「うわぁっ！」



わーい！と飛び付けば受け止めてくれた｡
もう秋だからか少しだけ冷たい春市の手｡



「つけてあげる」

『いやいやいいよ！照れる』

「なに遠慮してるの」



私の手から器用にピンを抜き取って
春市みたいに伸びてきた私の前髪を
横にさらりとはらってピッと止めた｡



「おでこ､綺麗だね」

『そこ褒められたの初めて』

「ハジメテ?ふふ」

『うーわ下ネタだ』

「ちがっ！そ､そんなんじゃないよ！」



女の子みたいに顔を真っ赤に染めて
Aちゃんのえっち､と頬をつぶす｡



『えっちっちじゃないもん』

「えっちっちってなに…」

『あ､今日の晩御飯栗ご飯だって！』

「それは楽しみだね」

『食欲の秋ですよ春市くん』

「はいはい､早く行こう」



握った彼のひとまわり大きな手が
ぼんやり熱を持っていたのはまぁ


期待していい､ということでしょう｡



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