呪術廻戦*狗巻くんの心の声

36.弱い人 ページ37

「…A。心配したじゃん、こんな所でどうしたの」


僕が声を掛けると、彼女は顔を上げた。

その目からは、涙が流れ落ちている。


『…ごめん、なさい』


小さく呟き、また俯く。


彼女の身に何かが起きたのは、手に取るように分かる。

僕は目線を合わせるように、ベンチの前にしゃがみ込んだ。


「何があったの、A」


名前を呼ぶと、彼女は唇を噛み締め顔を背けた。


『…ごめんなさい』

「謝れなんて言ってないよ。何かあったなら教えて欲しい」

『私が、悪いから…』

「何かしたの」


『…人の命を、奪おうとしました』


Aの言葉に、心臓が跳ね上がるように鼓動が速くなった。

着いて来た棘も、困惑した表情で彼女を見ている。


『…昨日の任務中…前の高校の同級生が呪霊に襲われているのを助けました。でも…』


___何でお前みてぇな奴に助けられなきゃいけねぇんだよ…屈辱だわ。


僕の頭に、そんな言葉が響く。

無意識なのか、それとも僕に伝えたくて術式を使ったのかは分からない。

Aの脳内の記憶が、僕に伝わって来た。

きっとこれは、助けた同級生から聞こえて来た思念なんだろう。


『…なんで私は、あんな酷い人まで助けなくちゃいけないの…助けられるのが屈辱なら、強くなればいいのに。弱い人が、守られる立場の人がいなければ、私達はもっと安全に、平和に暮らせるんじゃないんですか…？』


弱い人が、守られる立場の人がいなければ。

その思考を持って“呪術師”から“呪詛師”に成り変わった人物を、僕は知っている。


彼と同じ人生を、目の前の彼女には歩んで欲しくない。


必死に考え出した言葉を発する前に、もう一度彼女が口を開いた。


『…もういっそ、あの腹が立つ人間を自分の手で消してしまおう、なんて考えてました。でも…きっとそれをしてしまったら、真希ちゃんや狗巻くん達、五条先生にも、もう会えなくなっちゃいますよね』

「…そうだね。会えたとしても、僕達は君を見逃せなくなる」

『嫌なんです。酷いことを言う弱い人間を守ることよりも、みんなに嫌われてしまうことの方が…私、みんなのこと大好きなんです』


溢れ落ちる涙を手の甲で拭いながら、Aは縋る様な目で僕達を見つめた。


『…こんなこと考えてしまっていた私でも…まだ、みんなの側にいてもいいですか』


子供のようなその言葉に、僕は少し安心してしまう。


無理に墜落を引き止める必要がない程、強い精神と友情が彼女にはあったようだ。

37.暴露→←35.行方知らず

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す