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考えてみてや、と言われてから土日の休日を挟んで三日目の朝を迎えた。

 まだ誰も居ない教室へ入り、窓を開ける。それは中等部の時から変わらない日課である。

 まっさらな空気が通り抜けた。朝一番の教室はしんと澄んでいて、気持ちいい。
 まだ文字が書かれていない、綺麗に整えられた黒板。机や椅子の木の匂い。クラスメイトそれぞれの生活や個性が、さり気なく散りばめられた風景。
 そういったものを全部独り占めしているみたいな優越感がある。

 それは放課後に一人残るのとは全く違う感覚だ。

 自分の席に座って、さっき自動販売機で買ったばかりの紙パックのバナナミルクを一口吸った。


 部活の朝練の色んな音がする。

 テニスの打球音が際立って耳に入るのは、そこにときめく姿を感じるからだろうか。
 自分の体がこんなにも恋に染まっていることに呆れる。

「諦められてへんやん」と言った忍足君の声がリアルに再生されて、胸の奥に痛みが走った。



 ふと、足音が近付くのが聞こえる。
 教室に入ってくる、少し擦れるようなその音で、同じクラスの石井君だとわかる。

「おはよう」
「おはよ、石井君。今日はいつもよりちょっと早いんやな」
「なんとなく、今日はそんな気分でね。でも、Aさんよりは遅かったな。一番乗りの人は、想像以上に早いんだね」
「言うて、ちょっと前に来たとこやで」
「確かに、いつもは読書してるのに、今日はまだ本すら出してないね」

 彼の喋り方の穏やかなリズムが、心地良い。その声も、丁寧に空気を揺らすような音で、耳触りがいい。

 毎朝、私に続く二番手で教室に来る石井君とは、この二ヶ月ほどでずいぶん仲良くなった。
 それは何といっても、彼の、相手の全てを受け入れるような不思議な雰囲気のお陰だ。

 この学園に入ってから、話す友達は出来ても、脱力して自然体で居られる相手が無かった私にとって、石井君はその大事な第一号である。


 石井君が心配顔で私に尋ねる。

「体調悪い?」
「なんか、起きた時から気怠いねん」
「それなら、今日くらい遅く来たら良かったのに」
「そうやねぇ」

 もっともな正論に生返事だけを返して、残りのバナナミルクを飲んだ。


 鞄から小説を出して開く。
 斜め前の席から、鉛筆の音がトントンと響いてくる。
 石井君は漫画を描くのが趣味で、朝のこの時間に、ノートに続きを描いている。

「完成したら、また見してな」と声をかければ、彼は頷くだけの返事をした。

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設定タグ:テニスの王子様 , 忍足侑士 , 氷帝   
作品ジャンル:アニメ
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megumi(プロフ) - トモキさん» コメント、ありがとうございます!感情移入して頂けて嬉しいです。最近多忙を極めるため、なかなか更新出来てませんが、必ず最後まで書き続けます。 (8月28日 19時) (レス) id: e6a6c10801 (このIDを非表示/違反報告)
トモキ - 「結局のところ、これがしたいというよりも、隣に好きな人が居るということが一番大切なことだと気付く。」という言葉からすごく夢主さんの気持ちが伝わりとても感情移入してしまいました。続き楽しみに待ってます。 (8月20日 22時) (レス) @page16 id: be68aea6b3 (このIDを非表示/違反報告)
megumi(プロフ) - 桃花さん» 応援メッセージ、ありがとうございます!とても励みになります(⁠◡⁠ ⁠ω⁠ ⁠◡⁠)頑張って執筆します♪ (2023年4月20日 21時) (レス) id: c1e2bcbffd (このIDを非表示/違反報告)
桃花(プロフ) - 更新待ってます!(*^▽^*) (2023年4月20日 16時) (レス) @page1 id: 45cbc35a1c (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:megumi | 作成日時:2021年10月1日 17時

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