四十一通目 ページ41
Aは水橋の後ろに続いて、奥の隅の席へ彼女と差し向かいに座った。
不思議なことに、彼女ら二人の他、客は一人も居ないようだ。ふと、入口の引き戸の営業中の札が伏せられていたことが、Aの頭の中によぎる。そうすれば、では何故当たり前の様に水橋は店内に入り、また店主も何故自然に迎え入れたのかと、新たな疑問が生まれた。
その時、まるでAの表情から脳内を見取ったように、水橋が疑問に対する答えを話す。
「ここ、いつも午後四時までなんだけど、さっきの店長さんの河井さんと訳あって顔馴染みでね、閉まった後にも入れて貰ってるんだ。まあ、学校が終わってからだと、閉店後なのは当たり前だし、あえてこの時間に来るっていうのが本音なんだけどね」
つらつらと伏し目がちに微笑みを浮かべて話しつつ、水橋は机に立て掛けられてあったメニューを開く。それを百八十度回して、Aに差し出した。彼女自身は、初めから頼むものが決まっている様子である。
Aが決めかねていると、店主が二人の机にやって来てしまった。すると水橋がのんびりした口調で言った。
「あたしはあんみつ決め打ち。Aさんは?」
「じゃあ、同じものにしようかな」
「同じで良かった? じゃあ、あんみつ二つで」
二人の注文を了解した河井は、微笑んで厨房に入っていった。
折角、友人として紹介してもらったのに、ずっと黙って水橋の声掛けを待つばかりでは、不自然に映りそうで気にかかり、Aは今度は自ら話を進めた。
「いつも来てるの?」
「うん、学校のある日はほとんど。もう一つの家みたいになってる。親は共働きで帰りも遅いし、放任主義だし、本物の家に帰るのはここでのんびりしてから」
「……一人で?」
「うん。学校は窮屈で疲れるから、一人でここに来ると解放されるんだ」
「そんな大事な場所に、私なんかが一緒に来ても良かったの?」
「うん、もちろん。一緒に来て欲しかったんだから」
「そ、そっか。ありがとう」
そんな風にぽつぽつと会話を交わしていると、あんみつが運ばれてきた。とても美味しそうであったが、Aはいざ口に運ぶと特別美味しく感じた。
そこへ水橋が一言、聞いた。
「そう言えば、クラシックだけど、誰から勧められたの?」
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megumi(プロフ) - パトさん» 素敵なコメントありがとうございます!幸せな時間を差し上げることが出来たなんて、とても嬉しいです。これかの執筆活動の励みになりました。 (2021年3月7日 19時) (レス) id: 1a15500b7d (このIDを非表示/違反報告)
パト(プロフ) - 素敵な作品を作って下さりありがとうございます。文章が綺麗でほのぼのとした雰囲気も好きすぎて、一気読みしてしまいました。幸せな時間をありがとうございます。 (2021年3月7日 17時) (レス) id: 8ed95612e3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:megumi | 作成日時:2020年2月1日 23時