97輪目 ページ1
隣に座るあずさが、視線を合わせながら上半身をこちらに向ける。
「Aは、何でいつも優しいの? 怒らないの?」
「え?」
「何でいつも……自分の気持ち抑えてばかりなの?」
両肩を力強く掴まれ、自然と彼女の方に上半身を捻る形になる。見えた瞳は悲痛で満たされていた。
「本当は、精市のこと好きだったでしょ? 何でいつも背中押したの? 今だって、あたしたちに別れて欲しいと思わないの?」
俯いてしまったため彼女の表情が見えない。声や肩に触れている手が震えている。
「思ってること、いつも言ってよ! あたし達、親友でしょ……?」
再度上げられた顔には、止めどなく雫がこぼれ落ちていた。
良かれと思った自分の我慢が、こんなに彼女を苦しめていたなんて知らなかった。
「ごめん。あずさの気持ち、分かってなくて本当にごめん……」
か細い声で返事をすると、彼女は頭を左右に振る。
私は右手で、自分の左肩を彼女の手と一緒に柔らかく握り、決心して胸の内を絞り出す。
「私ね、確かに好きだった、幸村君のこと」
私はただ自分が苦しくないように、彼女とぶつかることから逃げていた。
それと同時に二人の距離は少しずつ遠くなっていたんだと気付く。
「すごく好きで、振り向いて欲しいと思ったこともある。でもね、あずさに幸せになって欲しかったのも本当なの。別れて欲しいなんて思ったことはないよ」
蟠りが少しずつ溶けてゆく。
「ありがとう、本当のこと、言ってくれて」
あずさの笑顔に私の涙が誘われる。
我慢しているだけじゃ、幸せを願う気持ちも伝わらなかったんだ。
大人に近づくにつれて、本音を言い合うことを恐れるようになって、大切なことを忘れてしまっていた。
離れてっしまった距離が元に戻る、そんな足音が聞こえた。
「精市のこと、もう好きじゃないっていうのは本心?」
教室に戻る前、ぽつりと声を漏らして彼女が微笑みを投げかける。
「丸ブンのこと、どうするの? Aの心には、今誰が居るの?」
「私は――」
「答えなくていいよ。困らせちゃって、ごめん」
冗談ぽく顔の前で手を合わせる彼女が、校舎に戻ろうと促す。
そのままに私は従った。
歩きながら答えの先を探していた。
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megumi(プロフ) - かるぴんさん» コメントありがとうございます!登場人物達に寄り添ってお読み頂き、とても嬉しいです。沢山のお褒めの言葉と、作品を好いて下さり、ありがとうございます。これからも、執筆活動に勤しんでいきたいと思います! (2021年3月5日 18時) (レス) id: ba823ca860 (このIDを非表示/違反報告)
かるぴん(プロフ) - 他の作品と比べるのは野暮かもしれませんが、今まで読んだどの小説よりも心理描写が丁寧で登場人物に共感しまくりでした。きゅんきゅんしたり苦しくなったり感情の変化が忙しかったです。2つのエンドを見れたのも嬉しかったです。何回も読み直させていただきます。 (2021年3月5日 15時) (レス) id: e2b715c702 (このIDを非表示/違反報告)
megumi(プロフ) - YUEMINさん» コメントありがとうございます!楽しんで頂けて、作者はとても嬉しいです(*^▽^*)応援に応えられるよう、頑張りたいと思います (2019年10月21日 18時) (レス) id: d64ff74b54 (このIDを非表示/違反報告)
YUEMIN(プロフ) - 完結おめでとうございます!楽しく読ませていただきました!!次回作も頑張ってください。応援してます。 (2019年10月21日 18時) (レス) id: 1af2bac581 (このIDを非表示/違反報告)
megumi(プロフ) - ユッキーさん» いつも応援して下さり、ありがとうごさいました!沢山感じて頂き、嬉しく思います(^^)恋という感情は不思議ですよね。この作品を素敵と言って頂き、感謝です! (2019年10月14日 7時) (レス) id: b41fbb72a1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:megumi | 作成日時:2019年7月11日 22時