凪 ページ8
＋＋＋
お風呂に浸かって冷えた身体を温めた。
和也にぎゅっと強く抱き締めてもらえたことで、気持ちだけは不思議なくらい凪いでいる。
いま心にあるのは、愛しい人への切ない想いだけ…。
「和也…」
名前を呼ぶと、ほろりとまた涙が落ちた。
離れたくない、ずっと傍に居たいと思った。
2人で笑ったり泣いたり、喜んだり怒ったり。
一緒にいるだけで毎日が彩られて楽しくて。
大好きだという気持ちは、今の私の拠り所。
こんなに誰かを愛おしく想うことができるとは思わなかった。
共に過ごす日常が、私にたくさんの喜びや力を与えてくれている。
人を好きになるって、こんなに素敵なことなのに。
溢れ出してしまった私自身の感情はとっても身勝手で。
雨の中…
和也の胸にきつく抱き締められて喜びに震えながら、私は無責任なことばかり考えていた。
このまま和也と一緒に居たい、それ以外はどうなったってかまわない…とすら思った。
醜い私。
事あるごとに直面する自分の弱さ。
責任を放棄するなんてできるはずがない。
わかっているのに挫けてしまいそうな自分が嫌になる。
ただ…仕事については、弱い私だからこそ決断できることが見つかった。
マサトのこと、誰かの思惑への抵抗、室長や主任さんへのペナルティ回避…気に掛かることを解決するにはどうすればいいか…。
センター長さんからの電話で逆に吹っ切れたように思う。
だけど…
和也とのことはどう考えても迷うばかりで…。
涙がまたぽとりと落ちて、お湯の水面に小さく輪を描いた。
きっと、こうなるのがわかっていたから…
実感すれば弱くて迷う自分を自覚してしまうから、無意識のうちに制御して逃げてしまってたんだ。
弱くて脆い今の私が本当の私。
先のことを考えると、すごく怖いよ。
だけど、責任を果たすべきだと思っているのも本当の私だから。
泣いてばかりいられない。
両手でバスタブのお湯を掬ってちゃぷちゃぷと顔を洗い、温まった身体でお風呂を出た。
＋＋＋
リビングに入ると、和也は手にしていたスマホを灰皿と煙草の横にカタンと置いた。
「ちゃーんとあったまってきた？」
「うん…」
「ホントかなー？」
笑って手を差しだされ、その手を取るとグイッと引っ張られて胸に収まった。
「…出張お疲れさん」
耳元で囁かれただけで泣きたくなったけど。
「ありがとう…。和也も…お仕事お疲れさま…」
凪いだ気持ちで、泣かずに笑って目を閉じる。
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作者名：kico
| 作成日時：2019年5月30日 12時
