03:出立 ページ6
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あれを持っていこうか、これを持っていこうか。
あれやこれや迷いながら、ころころと表情を変え、荷造りを始める鬼がひとり。
万世極楽教、本部にある彼の自室は和洋折衷という言葉が似合うそんな場所だった。
「うめ姉、喜んでくれるといいなぁ」
手にしたものは螺鈿の手鏡。
繊細にあしらわれたそれは美しい細工物であり、それを割れないよう丁寧に包んでいく。
兄への土産は食べ物が良いだろうと、事前に準備してくれていた兄の好物を信者のひとりから受け取り、それもまた革張りの旅行鞄へと入れていく。
まるで旅行にいく前の子供のようにはしゃぐその様を壁にもたれ、見守る鬼は笑みを浮かべ、その瞳は笑みを浮かべているようで浮かべていない表情。
"そっか。ついに柱がねぇ。加勢が必要?"
"まさか。私、ひとりで十分"
つい数日前に交わした会話を思い出し、口元はお気に入りの扇で隠す。
ああ、これはまた面白いことになりそうだと。
かわいい自分の鬼が泣きついてくれるだろうか、なんて少しの期待を胸になにも知らずに浮かれている鬼を見守っていたのだ。
「童磨さん、いつまで見てるの。暇なの」
「忙しいよ。だけど、雅楽を見るのがこれで最後になるかもしれないと思うと見ていられなくて」
「うわっ、最悪だ。この人…じゃなかった、鬼!人でなし!」
「まあ確かに人でなしだけど、君もだよ?」
「この減らず口のへそ曲がり!」
いくら憎まれ口を叩かれようと不思議と不快感はない。
そんな思いを胸に出立を控える鬼の背を見送った。
「どこまで着いてくるのさ…」
「玄関まで決まっているじゃないか。いやだなぁ、雅楽は」
「気色悪いよ、童磨さん…なんか変なものでも食べたの…」
「本当にかわいらしいね、雅楽は。気を付けていっておいで」
「………もうなにもつっこまないよ、俺」
苦笑いを浮かべ、皮張りの旅行鞄を手にお気に入りのフリルのついた傘を差す。
ちらりと傘を傾け、横目に視線をやるとひらひらと手をふる鬼に"いってきます"と言葉を投げるあたり、根の素直さが表れている。
「教祖様、雅楽様はまたお仕事にでられたのですか」
「うん、まあそんなところだよ。楽しい旅になるといいよね」
「はい!」
「じゃあそろそろ中に戻ろうか」
楽しい旅、ね。
残した言葉は人の耳には届かず。
まるで夜の闇に溶けるように消えたのだった。
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