もう恋心なんて忘れた (ページ36)

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「最近、北山が冷たい……」

「……あー、」

彼は先程の笑顔とは打って変わって、まずそうな顔で眉間に皺を寄せていた。なんか不味いことでも言ったかな。それとも気持ち悪がられたとか。

「みっちゃんさ、よく俺に太輔の事聞いてくるんだよね、」

「え！！まじ！」

「いや、期待すんな」と冷たく言われてしまい、興奮のあまり浮いた腰を静かに落とした。期待させるような事を言ったのは渉なのに辛辣過ぎないか？

「太輔の事って言うのも何してる？とかちょっとした事なんだけどね」

言葉を紡ぎ、俯いた彼に息を呑んだ。薄い唇がゆっくりと開く、それは重い扉を開けるときのような緊張感がじわじわと身体を蝕む。

「けどね。みっちゃん、太輔の事忘れちゃったみたい」

「え？」

それはドンキに殴られたよりも海に投げ飛ばされた方の衝撃に似ていた。実際はそんな経験は無いはずなのにまるで今海の底に沈んでいるかのように。

身体はとても重く、まるで石が鎖で身体に巻き付いているかのような感覚。そして俺はその重りに抗えずにどんどん海の底に沈むんだ。呼吸は出来ないまま。

「……ぃ、け……た、すけ……太輔！！」

「……っあ、」

慌てた様子の渉に肩を揺さぶられた時、初めて呼吸の仕方を思い出した。小さく空気を吸っても肺も心も空っぽだった。空気が空いた穴から抜けていくような。

「……はぁ、っ……はぁ、はぁ」

「ごめん、話さなければ良かった」

必死に呼吸する俺に申し訳無さそうに俯いた渉はぽつりと呟くように謝罪した。それを否定するかのように小さく首を振る。けれどその動作でも必死だった。

今はもう、何も考えたくない。

その後は、授業が始まるチャイムが鳴って気まずそうに自分の席に戻った彼を見届けた。前に向き直ってもやはり、授業に集中する事はままならず教師の声が耳から入ってそのまま反対の耳から抜けゆく。

そのままぼーっと訳の分からない所を見つめる。教科書もノートも出さず、ただ頭を真っ白にした。今、感情が込み上げたら狂ってしまいそうで怖かった。

今自分に出きるのは落ち着くこと。彼のことを考えるんじゃなくて、まずは整理しよう。彼に危害を加えて嫌われたくはない。

けど彼に悪いことをしてしまった事は一つしかなくてその光景だけが、ぐるぐると頭に巡った。手に残る温もりと擦り寄せられた柔らかい感触、頭から離れることのない赤いモノ。

原因は俺じゃねーか。

自分が嫌で嫌で大嫌いになった。今までもずっと嫌いだったけど今の自分が一番嫌いだ。そのまま俺はぶっきらぼうに眠りについた。