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マルさんはスイーツの準備をしにキッチンに戻り、私の手にはまたあの黒いショップカードが乗せられている。
“THE EIGHT”
名刺入れに入れたままにしてあるそのカードを、私は幾度となく眺めた。家でも、職場でも。
それを手に入れたのは友人の結婚式で、私はそこで、二人の吸血鬼と会って、そのうちの一人と契約をしたのだ。
夢じゃなければ。
人間の記憶を操作できる吸血鬼の二人は、このザ・エイトというbarで働いているらしい。
来てって言われたし、手元にはショップカードがあるし、来てほしくなかったら私の記憶を操作すればいいだけなのにそうされてないってことは。
多分、barに来いって言う事なんだろうとは思う。
思うけれども、まだ行けていない。
いやぶっちゃけこわくない？契約とか言われても別に私がしたくてした訳じゃないし危ないことしなかったら普通にしてていいって言ってたし私にとって吸血鬼の館バーに行くのは危険信号反応しまくりの要注意案件なのに誰か誘って行くわけにもいかないじゃん事情が事情だしー。
丸「Aさん？」
はッ、仕事中だった。自分の世界に入ってしまっていた。
目の前にはきらきらのスイーツを持ったきらきらのマルさん。
「すみませんぼーっとしてて」
丸「何か悩み事ですか？」
物撮りのために先にテーブルに運ばれていったスイーツを横目で確認しながら気持ちをお仕事モードに切り替えていると、横にマルさんがちょこんと座って私を見ていた。
なんかかわいい。気持ちがふわふわする。
調子狂うなあ。さっきからこの人、急にすごく近くにいるみたいで距離感がつかみにくい。
「何でもないんですよ。私事です。仕事場に持ち込むなって話ですけど」
丸「悩んでるんやったら、行ったほうがええと思います」
急にきっぱりと言い切ったマルさん。本当に彼の言う通りのような気がしてくる。
丸「Aさんなら大丈夫」
大丈夫。
初対面の人に、はっきりと背中を押されている。
確かに、行かなかったら私はいつまでもこのカードとにらめっこして無駄な時間を過ごすんだろうと思ったらそうしたほうがいいような気がしてきた。まずは、気持ちを切り替えて。
「元気出ました。ありがとうございます」
訳もわからないだろうに元気をくれたマルさんに笑いかけて、私はお仕事モードにシフトチェンジする。
マルさんはちょっと意外そうな顔をして、それでも私に笑い返してくれた。
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作者名：きりん虫
| 作成日時：2020年7月6日 21時
