10.水族館-1 ページ10
「あんたアイドルなのにファンに追っかけられたりしないわけ？」
「しても良いならするけド。ゆっくりしたいからわざわざオーラを隠してあげてるんだけド」
「はいはい」
「はいはいってなにサ」
水族館。逆先の言った通り館内はまさに楽園の如くである。肌にまとわりつく外のむわっとした嫌な空気から一転、自動ドアを通過すればキンとした冷気に全身が包まれる。すぐに冷えていく体の熱と汗に、二人は思わず「すずしー〜〜…」と立ち止まった。
逆先、大正解である。水族館は完全屋内の施設で、魚のいるここの空調がイカれることはない。暗いし、涼しいし、静かだし、暑い夏には打って付けの場所。この提案には流石のAも脱帽。
ひんやりした空気に感謝しながら、Aはとりあえず入口に置いてあるパンフレットを取り、「12時15分からイルカショーあるからそれ行きたい」と言った。
「イルカショーって外なんじゃないノ」
「いやまあそうだけど…ここまで来たんだからイルカ見たいでしょ」
「ウン」
「じゃあ決定〜」
そう決まった二人はのんびりと魚たちを見始める。が、特にAは魚に対して深い知識があるわけでもなく、出てくるのは「カワイ〜」「ちっちゃ〜」「おいしそ〜」 という何ともアホそうな感想である。美味しそうに至っては情緒の欠片もない。
逆先は、少しだけなら深海奏汰に教えてもらった知識がある。にしても、隣でそんな偏差値の低いことを言われてはウンチクを語ろうという気にもならないのだが。
■
「イルカめっちゃ可愛かった！！ え！！ もっかい見たい！！」
「そんなことよリ！ なんであんな前の水槽の近くに座ろうなんて言うノ、全身びちょ濡れなんだけド！」
きゃいきゃいと興奮冷めやらぬAに反して、逆先は持っていたハンカチで頭のてっぺんから下まで一生懸命に拭く。が、イルカに入念に水をかけられて簡単に乾くわけもない。ゲラゲラ笑いながら、Aはキレている逆先と一緒に写真を撮ってストーリーに載せた。
AのSNSは完全に同じ学院の人間だけに限られており、その中でも更に仲の良い生徒しか承認しないことにしている。入学時にも、SNSの使い方については散々注意を受けた。
中学までの友達と繋がっているのはまた別のアカウントで、夢ノ咲への入学に際して新しく作り直したのである。アイドルとのストーリーなんて、良いように切り抜かれて炎上するのがオチなので。火種は除くに限るし、安全に過ごしたい。
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作者名：アボカドサラダ | 作成日時：2023年8月18日 21時
