人肌と抱擁 ページ3
吐いた息が白く染まり肌を裂くような冷気が主張する北海道網走の冬。
そこで私は囚人たちが行う道路整備作業の見張りをしていた。
「網走監獄の看守」と言う肩書きを聞き呑気でいいなと思う人もいるだろうが、寒空の下に立たなければいけないのは囚人も看守も変わらない。
防寒具なんてロクに用意されていないので心の中でひっそりと犬童典獄への恨みを募らせる。
『味噌汁飲みたい…』
そう呟いて自分の息が天に昇っていくのをぼんやりと見つめていると聞き慣れた声が耳に入った。
「関谷の一件で痛い目に遭ったのを忘れたか？A」
『安心して、あの後対処法教えてもらったから』
背後から私の右肩に肘を置く房太郎の声に視線を相手の顔へと動かした。
耳に入っていたのか嫌らしく過去の失態を突いてくる房太郎に自信ありげに返す。
確かトリカブトの毒を食べた時はフグの毒を摂取すればいいんだっけ。
「それにしても、本当にお前味噌汁好きだよな。
毎晩門倉に作ってもらってるんだっけか？
何でそんなに好きなんだ？」
微量な毒の知識に一人頷いていると、房太郎からの問いに意識を引き戻された。
改めて考える必要もないような簡単な質問。
彼の目を見て息吐く暇もなく答える。
『祖父がよく作ってくれたんだ。
味噌汁なら、味噌と具材があったら作れるだろ？』
「ほーん…」
夕食の余り物でも野菜の葉屑でも鍋に入れれば料理に早変わりする味噌汁は幼い頃から好きだった。
熱でほのかに温まった器を持って味噌汁を啜る、あの一連の動作も大好きだ。
祖父が出してくれる味噌汁はどんな時でも心があったまるから。
そう告げると房太郎が暫く目を泳がせてから喋り出す。
続けて彼から発された言葉に私は口を開くのを躊躇った。
「……お前、前に『家族がどんなんかわかんない』って言ってたよな。
Aの家族はどんなんなんだ？兄弟は？それとも孤児か、捨て子か？」
思いの外踏み込んだそれに思わず目を瞬かせる。
きく相手が違えば険悪な雰囲気にもなりかねない際どい質問。
かく言う私も気軽に話せるような家族構成は持ち合わせていないし、家族についてはできれば忘れてしまいたいと思っている。
『……………』
けれども聞き手はそこらの囚人でも白石でもなく房太郎。
迷いはあるが、彼なら…房太郎ならいいのかもしれない。
ヘタに誤魔化さず包み隠さず、意を決して言葉を紡ぐ。
『家族全員殺した』
禁忌とも呼べる内容を。
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 21人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
蛸山葵(プロフ) - モノクロ(蒼桜)さん» コメントありがとうございます。彼女の過去に需要があるのかどうか不安だったのですが、この作品を通じて何かを感じていただいたようでとても嬉しいです。親バカのようですが私も河上ちゃんのことが好きなので彼女の幸せを願っていただき大変光栄です。 (2月19日 21時) (
レス) id: eddcdf4797 (このIDを非表示/違反報告)
モノクロ(蒼桜)(プロフ) - ぐおぉぉおぉお、、、供給過多、、、。とてもよかったです、。「蛙の子は蛙」だとしても、、ほんの少しでも幸せに生きてくれぇぇぇぇ、、、。 (2月19日 17時) (レス) @page8 id: c1e95133f7 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：蛸山葵 | 作成日時：2024年1月16日 21時
