泡が七十九 ページ29
「A、お前は何時も嬉しい事を云って呉れるな」
やんわりとAの腕を解き乍ら、中原は優しい声でそう云った。
拒絶の様な其の行為に、何処か哀愁漂う其の声に、Aは胸の騒つく思いがした。
「中也……？」
「なァ、A。今迄散々勝手にして来て何だけどよ」
中原はAの短く切り揃えられた黒髪を掬い、頭の形をなぞる。
其の儘後頭部に迄手を伸ばし、優しく引き寄せた。
「なぁに、中也」
いきなり押し付けられた厚い胸板にドキドキし乍らも、Aは努めて冷静に問うてみる。
「
脳が痺れそうな甘い声。
ぴたりと引っ付いた体からダイレクトに聞こえる忙しい心臓の音。何方のものかわからなくて思わず中原の胸板を押すと、視線がばちりと交わった。
青い、蒼い瞳。
深く暗い海の様な瞳は、荒れている様にも凪いでいる様にも見えた。
凝っと送られてくる視線は溶ける程熱くて、強くて、逸らせない。
「なぁ、A……」
名前を呼ぶ其の声が、一言一言、一々熱を孕んでいる。
甘えた、熟れた果実の様な声に、Aは首肯くより他なかった。
「ありがとな」
細められた今も、其の目から逃げられなかった。
ゆっくりと唇が触れる。
柔らかい感覚が恥ずかしくて、漸くAは瞳を閉じた。
優しく唇が食まれ、解放され、亦食まれを幾度も繰り返した。
体が痺れて、後頭部と、ケェキを置き、何時の間にか腰に回された手の力を借りて立っていた彼女だが、
「A、口、開けろ」
云われるが儘に開いた口内にぬるりとした感覚が伝わった途端、電撃が走ったかのように身体に力が入らなくなり、全体重を中原に預けた。
「っ、ちゅ、やぁ……」
「大丈夫だ」
涙目で訴えるAを宥め、中原は接吻を続けた。
Aは口内に受け入れた中原の舌の温度に、其処から全身が融解してしまいそうだった。
此の異様な程の熱量は何処から来ているのか。
尋ねたかったし、そうしてはいけない気もした。
「も、むり……」
何れ位経っただろうか、息も絶え絶えに云って、弱々しい力で中原の胸板を再び押したAを見て、中原は名残惜しそうに唇を離した。
彼女の顔は涙に濡れ、溢れた涎が口を伝っている。
グッと胸に来るものを堪え乍ら、
「ごちそうさん」
中原は不敵に微笑んで、またな、と部屋を出て行った。
未だ脳と身体に痺れが残るAを置いて。
「俺も、余裕ねェな」
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作者名：京beスウィーツ | 作成日時：2017年9月24日 9時
