泡が八十六 ページ36
探偵社で泉鏡花の入社祝いが行われている、其の裏で。
「では私はもう行くとするよ」
と或る絵画の前でポートマフィアの黒蜥蜴・広津と密談をしていた太宰は、話を切り上げ立ち上がった。
「処で太宰君。人魚姫は元気かね?」
「……真逆」
太宰は顔を歪めてもう一度椅子に座った。
「もう泡に成って消えたのでは?」
「成程。道理で死体が上がらない訳だ」
「そうだね」
あっけらかんとした太宰の返答を皮切りに二人の間に沈黙が訪れた。
それを破ったのは広津である。
「そう疑わないで呉れ。私は他所に云い触らす様な事はしない」
「ああ、解っている」
太宰は諦めた様に表情を緩め、滔々と語りだした。
「Aは元気だよ。社長と森さんが密会をしている時、中也と予め相談しておいた手筈で事を進めた。当然、森さんだって気づいていただろうがね、寧ろ協力的だったと云えるよ」
「何故そう?」
「中也が空いていた。だが、其れより先に――――
―――――森さんはAを組織から逃がす心算だった」
太宰の言葉に広津は少し驚いたようだった。
「事の始まりは何時からかは知らない。だがAの異能の強力さ故に彼女は自由を奪われていたが、森さんは別にもともと彼女を縛り付けておきたかった訳じゃない。幼い彼女を護る為に閉じ込めていただけだ。大きくなったら手放す筈だった。が、彼女の噂は収まる事がなく、芥川君をつけて“外”での意思疎通能力を高めようとしても失敗した。森さんは彼女に外の危険性を教える機会と彼女を逃がす機会を求めていた。それが織田作の時だった」
「然しそれなら四年前そのまま放っておけばよかったのでは?」
「駄目だよ」
太宰は悲しげに笑う。
「残念な事に、彼女の評判が下がる事はなかった。そのまま放っておいたら数日で酷い目に遭う。だから脱走したことでマフィアに殺されたと思わせ、彼女の存在を消すことが出来たのさ」
「一度泳がせて完全に断ち切る、か」
「ああ。今回は森さんに上手く仕組まれたね」
太宰は今度こそ、去る為に立ち上がった。
「でも此れからは私がAを護るよ。その耳の先の赤城さんにもよろしくね」
「おや、ばれていたか」
「勿論。じゃあね、広津さん」
「ああ、元気で」
軽やかな足取りで立ち去る太宰を、広津は微笑んで送った。
インカムで繋がっていた赤城も。
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作者名:京beスウィーツ | 作成日時:2017年9月24日 9時