275話*ただいま* ページ38
菊丸「A、おはよう。」
A「おはよう。」
静かだった家に久しぶりに挨拶の声が聞こえた。
埃を被り、半年間放置していたキッチンは今すぐに使える状態ではない。
昨日のうちに買って帰ってきた朝食を二人で食べてから、僕は制服に着替えた。
車椅子のせいで着替えにくくて、面倒菊丸が同性なら着替えも手伝ってって頼めたのに、なんて馬鹿みたいな事を考えた。
菊丸「お邪魔しました。」
A「行ってきます。」
誰もいない家に声をかけてから玄関を出た。
冷たい風がまた頬を切るように吹いた。
菊丸「行こうか。」
A「うん。」
大通りに出てからはタクシーを捕まえて乗り込む。
霊園への行き先を告げて不思議な顔をする運転手に苦笑して見せた。
バスでも行けない事もないがバスを降りてからの道も遠いし、
なによりもバスではこの身体では迷惑をかけるだけだ。
菊丸「中学生だけでタクシーっていうのも、ちょっと緊張するね。」
A「僕は別に……。試合でよく使ってたから。」
菊丸「へぇ……流石！」
運転手がクスッと小さく笑う。
ほどなくしてタクシーは東京を出て徐々に田舎の方へと車が走ってゆく。
「はい、着きましたよ。」
運転手さんがドアを開けて車椅子を出してくれる。
A「ありがとうございました。」
料金を払ってから車椅子に乗る。
霊園の急斜面を自らと菊丸の手で少しだけ登るとすぐに墓石の郡が視界に入ってくる。
その中の手前、一番に近く新しい墓石に僕の家の名前が、刻まれている。
末っ子の父の代に作った大きくもないそれが、やけに黒く見えた。
A「菊丸、ごめん、ちょっと待っててくれる。」
菊丸「了解。そこのベンチで待ってるから何かあったら声かけて。」
菊丸はそう言うとさっと声が届く範囲のベンチへと向かった。
それは恐らく僕があれだけ乱していたから、という菊丸の配慮で。
A「ありがと。」
そう呟いてから
買ってきた花を手向けて、
それからテニスボールを一つだけ供えた。
蝋燭と線香に火を灯す。
A「……お父さん、お母さん、お兄さん。」
三人の名前が刻まれている墓石を眺めた。
夢ではないんだと、心の奥底で何かが埋めいた。
手を合わせて、線香の匂いに燻られながらも胸の中で言葉を紡いだ。
遅くなって、ごめんなさい。
冷たい風が持ってきた花を小さく揺らした。
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玲 - まるでその場に自分がいるかのようにのめり込むことができました！とてもいい作品をありがとうございます！長文失礼しました。 (2018年8月13日 19時) (
レス) id: 898fb0a605 (このIDを非表示/違反報告)
玲 - もう…すごいとしかいえません。これほどの出来の長編を完結させるとは…！描写もすごくわかりやすいし、とてもよく考えて書かれたものなんだなってわかりました。読みながら主人公に共感したり、いろんなキャラに、いい奴だな、とか、かわいいなって思ったり… (2018年8月13日 19時) (レス) id: 898fb0a605 (このIDを非表示/違反報告)
月夜見(プロフ) - 出雲流夏さん» コメント有難うございます。更新が遅くなり申し訳ございません。話の展開の予想外さ、文章や言葉はその時々の流れや雰囲気により使い分けを意識しているのでそう言って頂けてとても嬉しいです。またお時間のあるときにでも読んで頂ければ幸いです。 (2017年5月9日 23時) (レス) id: 147be326d2 (このIDを非表示/違反報告)
出雲流夏(プロフ) - 更新されていて、すごく見れることが嬉しかったです。月夜見さんの文章や言葉はキレイだと思います。私のような素人でもスッキリと頭の中に入ってきて、話の展開がよめなくて、キャラそれぞれが際立っていて、凄いと見ていて思いました。更新楽しみにしてます。 (2017年5月8日 16時) (レス) id: 3483900707 (このIDを非表示/違反報告)
月夜見(プロフ) - るりなさん» 待っていて下さった事にまず嬉しくてニヤケが止まりません……!!これから更新はできるだけ週２、３ぐらいで続けたいと思います笑 ありがとうございます!ただいまです！ (2016年12月6日 1時) (レス) id: 147be326d2 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名：月夜見 | 作成日時：2015年5月10日 15時
