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かちり、かちり。

秒針がいっていの速度で音を鳴らす。後5回。


かちり。

後4回。


かちり。

後3回。


かちり。

後2回。


かちり。

後1回。


「刀也風呂入っちゃいな」
「うっわぁ!!」
「え?なにどうしたの」

思わず生唾を飲み込んだその瞬間、自室の襖が勢いよく開かれ僕は心臓と肩を大きく跳ねさせた。振り返ればそこにはポタポタと毛先から水滴を垂らす風呂上がりらしい兄の姿。兄は驚いた僕の声に驚いたらしく目を丸く見開き不思議そうに首を傾げている。
言えるわけない。好きな女子と通話の予定があってその時間まで秒針を見つめていたなんて。

「いやなんでもない、あと僕だけ?」
「うん、みんな入り終わった。保温もうすぐで切れるから早く入ったほうがいいかも」
「分かった。今行く」

すたん、と閉まる襖。思わず吐き出すため息。時計を見やるとそれは既に23時5分を指している。

別に、通話が待ち遠しく風呂に入ることを失念していたのではない。彼女、Aさんとの通話が終わってから入ろうと思っていたのだ。いや、本当に。しかし保安がされなくなった風呂というのはあっという間に覚めていき1時間足らずでぬるま湯になってしまう。これも本当に。

「…先入るか、」

たた、とスマホの液晶に指を走らせ文字を打つ。

"すみません。諸事情あって、通話23時半からでもいいですか?"

すぐにつく既読。こういう時、いやこういう時でなくとも既読が早いというのは相手に迷惑がかからないしこちらの心にも取っ掛かりができないから助かる。

"大丈夫だよ"

ガラスの向こうに浮かんだそのメッセージに謝罪をする狐のスタンプを一つ返した。それもすぐに既読。それからしばらく待って彼女から何も送られてこないことを確信して立ち上がる。
パジャマにしているスウェット上下を手に持ち部屋を出る。

「…いそご」

廊下の途中で部屋の電気を消し忘れた事に気がついたけれど、戻りはしなかった。余計な時間をかけたくなかった。

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作者名:でん太郎 | 作成日時:2022年10月2日 17時

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