第四十一話 ページ45
目を逸らした先でことりと云う音が聞こえた。マリーが眠っていて、時々、肩が痙攣するように動いている。わたし達が考えるよりも、疲弊していたのだろう。
三度目の沈黙が流れる。
「…これから、どうする気だ」
ケンジロウが訊ねる。言われてみれば、どうするとは考えていなかった。そも、「これから」があるとすら思わなかったのだ。
努めて、アザミとケンジロウと目を合わせながら答えた。
「それは、女王…マリー次第だと思う。彼女が赦すかどうか、」
「お前は、赦されたいのか?」
諭すような、アザミ。
「…さぁ」
そんな風に答える時点で、きっと答えは決まっている。何しろ、私は、ほんの少しの時間にマリーに好意を抱くようになってしまったのだ。
「…赦されると、思うか?」
責めるような語調でない事に、微妙な安堵を覚える。
「女王は、マリーは、優しいから…たった少しの嫉妬で、優しい筈の全てを憎んで壊す、そんな化物とは違うから。ほんとうに、優し過ぎる位だから。
きっと、赦してくれてしまうだろうな」
言葉に込めたのは、少しの諦念と過剰な期待、それから、些少な自虐。誠実さは、視線で伝わっただろうか…、
「だそうだ、マリー」
はっ?
「…うんっ!」
ぱっと、マリーの方を向く。
泣きながら笑う、無邪気な顔。先程までの虚ろな恐怖は何処にもない。
実に嬉しそうに、こちらを見ている。
「えぇっ…と、聞いてた、のか?」
あのこっぱずかしい賞賛を。本心を忍ばせた、一世一代の、罪の…告白、を?
マリーは、こくり、と頷いた。
途端、酷い頭痛が私を襲う。目の前が暗くなる。だって、だって、だって…カァッと頬が熱くなって、初めて私は気付く。私が、「恥ずかしい」と思う、そういう機能を備えている事実に。
「あなたは化物なんかじゃない」
私より遥かに幼く見えるマリーは、その実100歳以上であるらしい。
普通ならば冗談だと笑い飛ばすそれを、しかし私は身を以て理解した。
母親のような、慈愛に満ち満ちた微笑みは、「女王」という言葉の本当の意味を私に知らせた。
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作者名:一夏 白 | 作成日時:2017年10月12日 7時