第三十九話 ページ43
ゆっくり、二対の視線がこちらを向く。マリーは、未だ焦点の合わない目で漠然と虚空をみていた。二対の視線はどちらも驚きの色を伴っているが、しかし一番驚いているのはわたし自身だ。
ただ、一度口を衝いて出てしまった言葉は戻って来ない。ばかりか、思いが雪だるまのように膨れ上がって、速度を増して坂を転がり落ちていくのだ。
そうして、おむすびよろしく穴に落ちてしまうまで止まる事が出来ない。
「わたし達の負けです。『冴える』はそれを否定するかも知れないけれど、少なくとも、わたしはこれ以上何かする気力はありません。『冴える』程の執念は、わたしには無いんです。
…わたしは多分、羨ましかったんだ。随分恨みがましく聞こえるかも知れませんが、他意は無いです。
動けない中で、楽しそうな彼ら、彼女ら…メカクシ団を見ていて、わたしはーーー私は、ただ、良いなぁ、混ざりたいなって、そう思った。思ってしまった。
きっと蛇の自我は、意思と同じような物だ。細やかな願いを、叶えたいと想うこと。それが宿主のものか蛇それ自体の物か、違いはそれだけ。それだけで、是非が変わってしまう。
弁解じゃあないが、私だって最初は意思に忠実でいようとしていた。だが、ケンジロウ、あなたが語った『私が初めて連絡を入れた日』、その直前に、『冴える』と話して…計画を聞かされた。私は乗った。…それが、私の願いをも叶える物だと、そう思ったからだ。
計画のファーストステップは、私が寝返り、かつそれを悟らせず、その上で『瞠る』の身体を手に入れる事だった。これは準備段階にして中々の難関だったが、上首尾に終わった。方法は、良く知っているだろう?
計画の本段階は、私の身体が届いたらその日に決行する事になった。
私は、真面目に何かする気はなかった。身体を手に入れた時点で、本当は目標達成だった。…それを咎める誰かがいなければ更に良い、そう思っただけだった。
とにかく、無事『瞠る』がやって来た。あいつは、私より遥かに意思に忠実だった。だから、訝しがられるような事は少しもしなかった。実に自然に、メカクシ団に溶け込んだ…多分、身体の主導権が私に移っても、受け容れられるように。
だけど、あいつがメカクシ団と楽しそうにしているのを『見張っ』ていて…
羨ましい、じゃあ足りなくなった」
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作者名:一夏 白 | 作成日時:2017年10月12日 7時