【文スト】何も知らない【太宰治】 (ページ8)

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何も知らない６ページ8

「っ！やはり、また」

聞こえたのは、焦りを含んだ芥川さんの声。

痛みで浮かんだ涙でぼやける視界に映ったのは、黒い物体がこちらへ牙をむく姿。

そして、肩を襲った鋭い痛み。

「っ―Aさん！！」

遠くで中島さんの声が聞こえた。

一度瞑った瞳を再び開くと、中島さんのいた場所に、一頭の虎が立っていた。

「な、にが」

理解が追い付かない。

どうして、ここに、虎が？

中島さんは？

痛みのせいで頭が回らない。

――恐い。

巨大化した黒い物体と白い虎がぶつかり合う。

「はーい、そこまで。」

声が聞こえた。

忘れるはずのない、懐かしい声。

拘束の解かれ、崩れ落ちた身体を支えてくれていたのは、

「お、にい、ちゃん！」

溢れてきて、もう止まらない。

ポロポロと涙を流しておにいちゃんの腕の中に抱き着く。

「・・・ずっと、待ってたのに。ど、こいってたの？もう、どこにも、いか、ないでぇ」

周りのことが目に入ってこない。

泣いて、泣いて。

そんな私の頭を優しく撫でるおにいちゃんの包帯だらけの手は、とても温かかった。

力が抜けていく。

そこで、意識が途絶えた。

――――

腕の中で眠る、最愛の妹。

信じられなかった。

ずっと、昔。

私が家を出てから、彼女はずっと待っていたのか。私の帰りを。

泣きじゃくり、疲れ果て、眠りについた彼女を抱きかかえた。

「私も、会いたかった。A。」

今すぐにでも、肩の痛々しい傷を手当てしてやりたいが、まだ、終わっていないことがある。

後ろを振り返り、こちらを見る元部下へと目を移した。