山猫の男 2 ページ3
ああ、この人は今どんな気持ちなんだろう。きっと呆れられているに違いない。馬鹿な女だと嘲笑っているかもしれない。それでもいいと思った。ただ聞いて欲しかっただけなのだ。
「殺したのか？」
不意に投げかけられた問いに一瞬戸惑う。まさか聞かれると思わなかったからだ。私はその質問に、すぐに答えることができなかった。
沈黙が流れる。すると次の瞬間、思い切り肩を抱き寄せられた。尾形さんの顔がすぐ近くにあって、思わず息を飲む。彼は低い声で続けた。
「母親を殺したのか？どうなんだ」
答えろと言われても困ってしまう。何せ、その時のことはあまり記憶がないのだ。確か私は泣き叫んで逃げようとして、転んで………。気がついたら、目の前には血塗れの母がいて、家が燃えていた。
「……わからない」
「わからない？」
「はい。はっきりと覚えていないんです。だから、殺したかどうかもわかりません」
正直にそう言うと、尾形さんはしばらく何かを考えるように押し黙った後、ゆっくりと口を開いた。
「じゃあもし仮に殺していたとしても……後悔はないわけだろう」
「えっ？」
「だってお前はその母親のことを恨んでいたんじゃないのか？だから殺したんだろう」
どうしてそんなことを言うのだろうか。尾形さんはどこか嬉しそうな表情をしていた。
「そんな、事……」
「ないと言い切れるか？本当にそうなのか？」
そう言われると自信がなくなってきた。母のことは確かに好きではなかったけれど、それでも殺すほどの恨みがあったわけではないと思う。
しかし、あの時の自分はどうかしていたような気もする。何もかもが嫌になって、全て壊してしまいたいと思っていたのは事実だ。
どうしようもない怒りや悲しみをぶつけるように、母を殺してやったという達成感を感じていたのもまた事実なのかもしれない。でもそれが本当かどうかは自分でもわからなかった。
私が言葉に詰まるのを見て、尾形さんは満足したのか、小さく笑みを浮かべた。
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作者名：塩わさび | 作成日時：2022年8月11日 22時
