山猫の男 ページ2
この世にどう生まれてくるかなど、決められている人間はいない。
私から見て、尾形百之助という男はどうにも捉えどころのない男だ。
何を考えているかわからない。気まぐれで、まるで猫みたいな人。
「おい」
夜。ふと目が覚めて、皆から離れ、近くの川で涼んでいると、声をかけられた。振り返るとそこには尾形さんがいて、月明かりに照らされた彼の顔は、どこか神秘的に見えた。
彼はそのまま私の隣までやってくると、「どこへ行く」と呟いた。
「少し…昔の夢を、見て。なんだか眠れなくて。それで、水でも飲もうかなと思って……」
そう言うと、尾形さんは興味なさそうな表情を浮かべて、そっと目を伏せた。そしておもむろに手を伸ばしたかと思うと、私の顎を掴み、ぐいっと顔を近づけてきた。
突然のことに驚いて固まってしまう。そんな私を見てもなお、尾形さんの目はじっとこちらを見つめていた。
「それは、お前のこの顔の傷に関係ある夢か？」
「……！」
どきりとした。その一言で全てを察したらしい尾形さんは、続けて言った。
「やっぱりな……大方、杉元たちにまだ話さなかったことでもあるんだろう」
「……」
図星だった。私は黙って俯くしかなかった。
そうだ。私が見た夢というのは、幼い頃に母から受けた虐待の夢だったのだ。
あの頃のことは今でも鮮明に覚えている。思い出すだけで吐き気がするし、体が震える。
「この傷は……昔、母につけられたものです。母は、父が浮気で帰ってこないと思っていました……。いつも一人で寂しくて怖くて泣いていると、母はよくこうやって私を痛めつけたんです」
ぽつり、ぽつりと話し始めると、尾形さんは何も言わずに聞いてくれた。
「母は『お前のその瞳が憎い』と、言い、私の目に包丁を突き立てようとしました。私は必死に逃げて…でも結局捕まって、抵抗して暴れたら、こんな風に……」
自分の頬にある傷を撫でながら、尾形さんを見た。感情の読めない目で、静かに私を見ていた。
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作者名：塩わさび | 作成日時：2022年8月11日 22時
